大覚寺 永観堂だより

永観堂だより ~人に逢い 教えに逢う~

   2012年(平成24年)

◆1月26日(木) 矢崎節夫氏の講演会

 金子みすず記念館館長の矢崎節夫先生の講演会が、京都会館であり、聞きにいきました。

東日本大震災のあと、金子みすゞさんの「こだまでしょうか」という詩が連日テレビで流れ、また、みすずブームが再燃したのです。

大震災の二日後、矢崎先生は永観堂に参拝され、たまたま阿弥陀堂で私の法話を聞かれたのです。話の中の「代受苦者」という語に感銘を受け、これこそ、みすゞの精神だと感じて講演や執筆のなかで紹介してくださったのです。

 講演後に控え室をお訪ねし、そのお礼を申しあげました。私もまた、みすずコスモスの一人なのです。

法華経に「如来使」という言葉があります。矢崎先生は金子みすずの詩の心を、この世の人々に伝えるために、仏さまから使わされた「如来使」だと思います。
講演会場の京都会館講演会場の京都会館
講師の矢崎節夫先生講師の矢崎節夫先生
   2012年(平成24年)

◆1月24日(火) 念仏行脚

 法然上人は生前、何度も法難に遭われましたが、亡くなった後も激しい弾圧がありました。

専修念仏の停止を求める比叡山の山徒が、東山・大谷にあった上人の墳墓を暴いて遺骸を鴨川に流そうと画策した事件で、「嘉禄の法難」といいます。

そこで門弟たちは、遺骸を太秦の広隆寺に移し、さらに難を恐れて、ひそかに西山・粟生の念仏三昧院(現・西山浄土宗の総本山、光明寺)で荼毘に付します。

この法難の追体験を通して宗祖の遺徳を偲ぶために、昭和53年に太秦から長岡京の光明寺まで15kmを徒歩での念仏行脚が始められ、今年で34回になります。

 当日、午後5時半に太秦・西光寺に集合した僧俗は180人。浄土宗西山三派・浄土宗・時宗の青年僧を中心に、前期行程15kmを4時間かけて踏破したのです。

 私も昨年に続いて二度目の参加です。昨年は宗祖の大遠忌の円成を願って行脚し、今年は大遠忌無事円成の報恩感謝と、東日本大震災の代受苦者の慰霊を込めて、念仏を唱えつつ行脚しました。おそらく参加者の中での最高齢者だと思います。

前を行く僧侶たちの念仏の声に引張られ、あとに続く青年僧の念仏に励まされ、時折、雪の舞う寒い夜道でしたが、豊かな暖かい気分で歩き通すことができました。
出発地の太秦・西光寺で出発地の太秦・西光寺で
光明寺・寺坂法主を導師に法要光明寺・寺坂法主を導師に法要
   2012年(平成24年)

◆1月16~17日 布教講究所にて

 宗派の布教を学ぶ講習会が6月と1月の2回、開催されます。

後期の1月は、管長の年頭所感(「お言葉」といいます)の発表と説明があるのです。管長の年頭の言葉は、宗門の全布教師の指針となるものです。

去年1年を総括する言葉は「絆」でしたが、今年は阿弥陀仏と私たちの「絆」について、より多くの人に伝えたいと考えています。

今回のメインの講師は、相愛大学の教授・釈徹宗師。仏教界をめぐる諸事情を的確に分析し、自ら活動の第一線に立つ、すぐれた人師です。

求道と伝道。僧侶の必須事項について、理論的に具体的に話され、興味深く拝聴しました。
年頭所感について話す年頭所感について話す
講師の釈徹宗師講師の釈徹宗師
   2012年(平成24年)

◆1月16日(月) 学生時代の仲間来る

 龍谷大学と京都女子大学とは、おなじ西本願寺系の宗門校であり、兄弟校(兄妹?)の関係にあります。

当時、宗教教育部という部活は、市内のお寺で日曜学校を両校が合同で行っていました。ですから、私の学生時代の仲間は龍谷大学だけでなく、京都女子大にも たくさんいるのです。

 その昔の仲間が4人、永観堂を訪ねてくれました。一人は先輩、3人は後輩です。語り合えば話題は尽きず、50年前の青春時代が甘く、ほろにがく甦ってく るのです。

60年安保で揺れた時代でしたが、この仲間たちのお蔭で、青春時代を十分に満喫したのです。
青春万歳!
学生時代の京女大の仲間学 生時代の京女大の仲間
   2012年(平成24年)

◆1月15日(日) 大覚寺の役員会

 大覚寺の総代・評議員全員の役員総会があり、責任役員として網干に帰りました。本堂での勤行のあと、檀信徒会館で会議。主な議題 は23年度の収支決算報告です。

役員の一部に改選があり、新旧役員の親睦と昨年の大遠忌法要参拝の慰労も兼ねて、婦人会の幹事さんと合同での新年会を、近くの料理屋さん会場を移して行い ました。

玄禮住職が本山に赴任し、弟の玄晃が新住職となり、40名の男女の役員さんにはずいぶんとお寺のために尽力していただいてます。

この役員さん方のお蔭で、お寺は実に円満に運営されているのです。感謝あるのみ。
宴の最後はビンゴゲームで、大層盛り上がりました。
評議員総会評議員総会
   2012年(平成24年)

◆1月15日(日) 大般若会

 釈尊の説かれた経典のなかでも「大般若経」は600巻という膨大な経典です。この600巻をたったの262文字に要約したものが 「般若心経」です。

玄奘三蔵が翻訳した「般若心経」はポピュラーなお経ですが、大般若経は膨大すぎて、わが宗派では普段読むことがありません。

年に1度、1月15日に大般若経を全巻読む法要を「大般若会」といいます。

ただ、実際には600巻をよむのは大変なので、本文を割愛して、最初のお経の題名と訳者名を読み、経典を頭上に差し上げて、上から下へパラパラと落とすよ うにします。これを転読といいます。

1巻終わると台の上にパンと勢いよく叩きます。12人の僧侶が50巻ずつ一斉に行いますから、経題を読む声とパンと叩く音が入り混じり、その賑やかなこ と。

年の始めに、世界平和と世の中の安穏を祈願いたしました。
導師が趣意書を読み上げる導 師が趣意書を読み上げる
一斉にパラパラと「転読」一 斉にパラパラと「転読」
   2012年(平成24年)

◆1月10・14日 遠来のお客さま

 西本願寺さんでは宗祖の750回大遠忌の最後をしめくくる報恩講が1月9日から勤められています。これにちなんで、私の大学の1 年先輩がお二人、相次いで永観堂にお参り下さいました。

一人は鹿児島の加来宗暁師。一緒に人形劇などを持って一ヶ月、九州を巡回した仲間です。

もうお一人は福岡の武内英真師。学生時代、一番多く影響を受けた先輩の一人です。

50年前の若き時代を共有した仲間です。思い出は尽きることなく、語り合えば時間を忘れます。

お二人とも住職を息子さんに譲られ、自由な立場で社会福祉や念仏伝道に尽力しておられます。紅葉の頃にもう一度おいでいただくことを約束して、お別れしま した。

卒業以来、求道と布教一筋。ぶれない人生を歩むお二人に敬意を表します。
福岡の武内夫妻と福岡の 武内夫妻と
鹿児島の加来師と門徒の方々鹿 児島の加来師と門徒の方々
   2012年(平成24年)

◆1月10日(火) 禅林婦人会の新年会

 役員が改選され、旧役員の慰労を兼ねた新年会が円山公園奥の料亭であり、招待されました。

大変和やかな雰囲気の中で、おいしい京料理をいただきました。食事中、BGMのように笛の音が聞こえてきます。

この店の女将さんは横笛の名手で、ロビーで演奏してお客を送られるのですが、その笛の音は素人の域を越えていて、思わず聞きほれて帰るのを忘れるほどで す。

これも京風の「おもてなしの心」なのですね。
来賓として挨拶を来賓と して挨拶を
料亭「左阿弥」の富士子女将と料 亭「左阿弥」の富士子女将と
   2012年(平成24年)

◆1月10日(火) 二つの婦人会

 禅林寺には二つの婦人会の組織があります。婦人という呼び名は時代に合わないのですが、今も呼び習わした「婦人会」を名乗ってい ます。

一つはお寺の奥さんの会で「全国寺庭婦人会」といい、もう一つは、檀家の女性の組織で「禅林婦人会」といいます。この日、二つの婦人会が本山で役員会を開 催され、挨拶に来られました。

 今までの宗門は、典型的な男(男僧)中心の社会でした。が、今ではお寺の奥さんや檀家の女性の働きが、大きく求められています。

これからの宗門の発展は、女性の力に預かること大なるものがあります。女性の持つしなやかさと強さ。寺院もまた、男女共同参画の時代なのです。
禅林婦人会の役員さんと幹事さん禅 林婦人会の役員さんと幹事さん
全国寺庭婦人会の役員さん全 国寺庭婦人会の役員さん
   2012年(平成24年)

◆1月10日(火) 幼稚園の始業式

 幼稚園の三学期が今日から始まります。園児たちの元気な声が、また戻ってきました。

ホールでお参りしたあと新年の挨拶をし、年のはじめの童話「首飾りぬすっと」という仏典に取材した話をいたしました。

今年もよろしく、ね。
新年の挨拶「あけましておめでとうございます」新 年の挨拶「あけましておめでとうございます」
歌あそび「ペンとひきゃヒュー」歌 あそび「ペンとひきゃヒュー」
   2012年(平成24年)

◆1月8日(日) ニューイヤー・コンサート

 新年のコンサートといえば、ウィン・フィルが有名ですが、京都市交響楽団も恒例になっていて、コンサートホールへ聞きにいきまし た。

J・シュトラウスのワルツを中心に、ラベルのボレロで盛り上がり、アンコール曲はラデツキー行進曲で手拍子も賑やかに、華やかなコンサートでした。

中でもソプラノ独唱の幸田浩子さんの、澄み切ったコロラトゥーラの美しいこと。麗しい容姿と相まって、すっかり魅せられました。
京響のフルメンバー京響 のフルメンバー
指揮者・岩村力、ソプラノ・幸田浩子さん指 揮者・岩村力、ソプラノ・幸田浩子さん
   2012年(平成24年)

◆1月6日(金) 幼稚園から新年のご挨拶

 ご覧下さい、この華やかさ。女性は全員着物の晴れ着です。永観堂幼稚園の園長をはじめ、職員全員が挨拶に来てくださいました。こ んな先生がたなら、私も園児になりたい。

「こどもの夢・将来、なにになりたいか?」という質問に「ピアノの先生」「幼稚園の先生」というのがありました。きっと、すてきな先生に出会ったからで しょう。

こどもの気持ちに寄り添ってくれる先生だったのでしょう。「この先生がいなかったら、今の私はない」と、将来思えるような出会いの大切さ。

こどもたちの豊かな心を、しっかり育んでいただきたい。人の一生を決めるような出逢いが、すでに幼稚園から始まっているのです。
笑顔のすてきな先生方笑 顔のすてきな先生方
   2012年(平成24年)

◆1月5日(木) 御用初め

 小雪が降りました。多宝塔も砂糖をまぶしたような雪景色になりました。
御用初めです。新しい気持ちで仕事にかかりましょう。

中国の古典「大学」にこんな言葉があります。
「まことに、日に新たに、日々に新たに、又た日に新たに」

自分のためだけでなく、誰かの幸せのために、と思えたとき、仕事が生き甲斐になります。
そう思いながら、日々新たに過ごしましょう。
うっすらと雪化粧うっす らと雪化粧
宗務所の重役・職員の皆さん宗 務所の重役・職員の皆さん
   2012年(平成24年)

◆1月1日(日) 修正会と初詣

 除夜の鐘を撞き終わったあと、御影堂にて本年最初の勤行「修正会」を勤めます。2時頃に一眠りして、5時起床。再び御影堂で随身 生とともに朝の勤行。新しい年の始まりです。

業者さんからいただいた豪華な三つ重ねの重箱に、ぎっしり詰められた色とりどりのお節料理を、随身生と分け合って、新潟から送ってもらったお餅で簡単なお 雑煮を作り、一人でお祝いをしたあと、平安神宮へ歩いて参拝しました。

 新年になると思い出す詩があります。
「新年は、死んだ人をしのぶためにある /  心の優しいものが先に死ぬのはなぜか? おのれだけが生き残っているのはなぜか、と問うためだ。」

中桐雅夫さんの詩は、次のように続きます。
「人を偲んでいると、独り言が独り言でなくなる、/  どんな小さなものでも、眼の前のものを愛したくなる。/  でなければ、どうしてこの一年を生きていける?」

年賀状に混じって、喪中はがきが年とともに増えてきました。その人たちの顔や言葉を、今一度確かめてみるのです。

いま、自分が生かされて生きている、と思えば小さな命にも愛やいたわりを寄せることができるはず。
命の尊さと、生きていることに感謝しながら、安らぎに満ちた年であることを念じます。
朝7時。人影まばらな平安神宮朝 7時。人影まばらな平安神宮
今年の手作り版画の年賀状今 年の手作り版画の年賀状
   2011年(平成23年)

◆12月31日(土) 除夜会

 大みそか。一年の最終日です。大晦日と漢字で書きますが、「大三十日」とも書くようです。

三十日のさらに大詰めの日、という意味でしょう。朝から大掃除。私の住まいの内外を、きれいさっぱり掃除して、心もすっきりしたところで除夜を迎えます。

今年を象徴する漢字に「絆」が選ばれました。大震災の後、人と人が支えあう絆が求められ、復興のキーワードになっています。

伝教大師の言葉に「忘己利他」というのがあります。「自分の幸せは後回しにして、今、苦しんでいる人のために尽くす」ことです。

今、悲しみのどん底にいる人の手をとって、共に泣くことのできる心です。「同悲心」ともいいます。これが絆の本質です。

被災地に一日も早く明るい「北国の春」が来るように願いを込めて、除夜の鐘を鳴らしました。
阿弥陀堂で除夜の法要阿 弥陀堂で除夜の法要
心をこめて鐘を撞く心 をこめて鐘を撞く
   2011年(平成23年)

◆12月27日(火) 京都市交響楽団の第9

 姫路の寺にいるころは、年末は多忙でコンサートに行くゆとりなどありませんでした。

本山に来てからは、行事がない限り、夕食が終わると朝まで白雲居に一人でいます。いわば、フリーの時間なのです。

 御遠忌が終わってから、月に一二度、京都コンサートホールへ出かけます。生で名曲を聞くことが、私の心のリフレッシュになっています。

 いままでレコードかCDでしか聞いたことのないベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付」を聞きました。大ホールの前から2番目の席でした。

 指揮者・広上淳一さんは小柄な人ですが、その指揮はきわめて情熱的です。身振り、手振りはまちろん、ジャンプし、こぶしを振り上げ、なによりも顔の表情 が激しく変化するのです。

オー、フロイデー、で始まる第4楽章の200人を越える大合唱「歓喜の歌」では、指揮者の顔が一番、歓喜に満ちていました。

「今年日本は3/11以来、大きな喪失感に包まれた。それを克服するのは困難な道に違いない。それでも、同時代に生きる者として希望に至ることを信じてそ の道を選び取り、困難を分かち合って、ついには共に祝い、歓喜するものとなりたい」

「歓喜によせて」を対訳した山本美紀さんのメッセージです。今年の暮れにこの第9を聞いたことは、私にとっても大変意義深いことでした。
指揮者・広上淳一氏指 揮者・広上淳一氏
ステージのバックには大合唱団が待機ス テージのバックには大合唱団が待機
   2011年(平成23年)

◆12月26日(月) お身ぬぐい式

 御身拭い式というのは、もともと四月十九日に京の嵯峨・清涼寺の本尊である釈迦如来の像を清掃する法会のことでした。ですから俳 句では春の季語になっています。

永観堂では、年末26日、本尊のみかえり阿弥陀如来のお体の塵を払拭します。その後、堂の内外を大掃除するのです。

この日、私は住まいしている白雲居の裏の山前栽の落ち葉を掃き掃除し、ガラス窓や戸を磨きます。しばらくは掃除三昧の日が続きます。

 垂れたまふみ手にかくれて御身拭い   田中王城
 唱名の沸きたつ中に御身拭い      村田橙重

掃除の前に法要掃 除の前に法要
竹の先の毛羽たきで塵を除く作法竹 の先の毛羽たきで塵を除く作法
   2011年(平成23年)

◆12月25日(日) 伊藤君の送別会

 本山に現在3名の随身生がいますが、そのうちの伊藤君が自坊へ帰るので、隋身生と私だけの送別会を近くのレストランで行いまし た。

神戸に本店を持つ三田屋の京都支店が宝ヶ池にあり、時々利用します。

日曜のクリスマスということもあって、店内は満席でしたが、ピアノの生演奏を聴きながら、優雅に、楽しく語らいながら、食事をいただきました。

十ヶ月の随身生活にピリオドを打った伊藤君、ご苦労様。

写真の向かって左端が伊藤君。向かって右端が若松君(愛知)、隣が森君(高知)
三田屋のロビーで三 田屋のロビーで
   2011年(平成23年)

◆12月22日(木) 網干の大覚寺へ

 事務的な手続きの必要があって、ふたたび網干へ帰りました。

帰ってもじっとしていられないのは、性分でしょうか。裏庭の落ち葉を掃き集め、本堂の内部を清掃します。

毎年おこなってきた迎春の準備です。夜は次女と三女の家族揃って忘年会。

家族だけの忘年会、というのが一番和みますね。
3人の孫に囲まれてご満悦3 人の孫に囲まれてご満悦
網干のイルミネーション網 干のイルミネーション
   2011年(平成23年)

◆12月21日(水) 慰労会と送別会

 特別寺宝展の期間中、無事故で終了したのは、宗派当局や関係者の並々ならぬ苦労があるのです。

その慰労と、今月で随身(本山に寄宿して法務や雑務を手伝う修行僧)を辞めて自坊に帰る伊藤君の送別会を兼ねた食事会が、全日空ホテルでありました。

重役から若い随身生まで、20名の職員が一堂に会して食事する機会は、一年に一度か二度。和気藹々に座も盛り上がり、なごやかで楽しいひと時でした。

食事は、もちろん結構な料理でありました。衣食足りて礼節を知る、という仲間であります。
開会の挨拶開会 の挨拶
伊藤君に記念品贈呈伊 藤君に記念品贈呈
   2011年(平成23年)

◆12月19日(月) 湖東三山めぐり ③西明寺

 さて、湖東三山の最後に訪ねたのは、西明寺。三山に共通するのは、紅葉の名所というだけでなく、いずれも天台宗の古刹であり、立 派な本堂や仏像を有することです。

しかも、信長による焼き討ちにあって、かつての巨大寺院の堂宇がかなり縮小されていることです。この西明寺は平安時代の初期に創建され、本堂と三重塔は国 宝に指定されています。

ただ、三重塔は現在解体修理中で、足場とシートに覆われていました。本堂の本尊は秘仏薬師如来。須弥檀には頭に十二支の動物を乗せた十二神将がまつられ、 「えと寺」として親しまれているそうです。

三山をお参りして気付くことは、いずれも掃除が行き届いていること。紅葉の名所ならば当然、落ち葉が散乱していてもおかしくないのに、きれいに掃き清めら れているのです。

「厳護法城」という言葉通り、寺域を護る方々の寺に寄せる熱い思いが感じられ、わが心も清められたことでありました。
国宝第1号の本堂国 宝第1号の本堂
西明寺の山門西 明寺の山門
   2011年(平成23年)

◆12月19日(月) 湖東三山巡り ②金剛輪寺

 百済寺から車で10分ほどで金剛輪寺の山門前に着きます。12月も半ばを過ぎているせいか、境内に参詣者の人影は見えません。

このお寺は今から1200年ほど前に聖武天皇と行基菩薩によって開創されたという由緒ある古刹なのです。

本堂は鎌倉時代の建築で国宝に指定されています。山門から本堂まで山道を登ること300メートル。ただ、なだらかな石段の坂道なので、上り辛いことはあり ません。

昨夜降った雪が茅葺の屋根に残っていて、形のいい本堂をより美しく荘厳しています。

本尊の秘仏聖観音の周囲には阿弥陀如来像、十一面観音像など、いずれも重要文化財に指定された十一体の仏像が安置され壮観でした。

正座合掌し十句観音経を唱えて、世の安穏を祈念いたしました。
雪に覆われた国宝の本堂雪 に覆われた国宝の本堂
本堂横に立つ三重塔本 堂横に立つ三重塔
   2011年(平成23年)

◆12月19日(月) 湖東三山を行く ①百済寺

 思い立って冬の湖東三山を訪ねました。名神八日市インターから車で約15分で百済寺に着きます。

名前の通り、1400年ほど前に、渡来人のために聖徳太子が創建された近江の最古刹です。

この日拝観の受付が閉められていて、残念ながら本堂にお参りすることはできませんでした。

山門の横に樹齢数百年の巨大な山桜があり、葉をすべて落とした裸木でしたが、花の頃にもう一度来てみたいと思いつつ寺をあとにしました。
百済寺の山門百 済寺の山門
紅葉の後の静かな参道紅 葉の後の静かな参道
   2011年(平成23年)

◆12月16日(金) 嵯峨野・光の回廊を歩く

 9日から始まっている嵯峨野の光の回廊。次女と三女の家族は先日すでに体験しているのです。

孫もすなる光の回廊を爺もしてみんとて歩くなり。夜6時。天龍寺さんの前の道路は大混雑。

人の流れに身をまかせ、野々宮神社から嵯峨野の竹やぶの中を通り、常寂光寺まで歩くこと約30分。

境内がライトアップされていて、桜や紅葉の頃とは一味違う幻想的な常寂光寺の石段を登ると、京都の街の灯りが見下ろせます。

落柿舎の横を通り渡月橋まで帰り着くまで約1時間あまりの夜の嵯峨野散策でした。それにしても、京の冬は冷えます。さぶ!
嵯峨野の竹やぶ嵯 峨野の竹やぶ
常寂光寺の山門常 寂光寺の山門
   2011年(平成23年)

◆12月15~16日 法式講究所の開設

 宗派の読経や作法、法要の心得など、基本的に身に付けるべき事柄を研修するのが法式講究所で年二回開催されます。

一泊二日の研修はかなりハードなスケジュールです。

私も聴講していますが、各講師は噛んで含めるような、懇切な指導であり、十分な成果があったと思います。
読経の実技読経 の実技
真剣な雰囲気の講義真 剣な雰囲気の講義
   2011年(平成23年)

◆12月13日(火) 光明寺さんの晋山式に列席

 岩田猊下の退山式から一夜明けて、総本山光明寺第85世・寺坂義継法主の晋山式が挙行され、宗派を代表して臨席しました。

寺坂新法主は昭和9年のお生まれで77歳。師父の信空義照上人の厳しい薫陶を受けられ、和歌山の総持寺貫主を経て総本山光明寺の法主となられたのです。

奇しくも師父義照上人も同じ経歴で80世法主になられていて、「父子二代で法主の猊坐に就かれるのは、宗門始まって以来のこと」で、誰よりも師父義照上人 が一番お慶びであろうと思います。

 来賓を代表して祝辞を述べさせていただきましたが、今後とも浄土門根源之地のご法主としてご指導いただきたく願っております。
晋山の疏を読まれる寺坂新法主晋 山の疏を読まれる寺坂新法主
来賓を代表して祝辞を述べる来 賓を代表して祝辞を述べる
   2011年(平成23年)

◆12月12日(月) 光明寺さんでの退山式

 西山浄土宗の総本山・光明寺さんで岩田文有ご法主の退山式があり、出席しました。

岩田猊下は平成14年に管長に就任されて以来、約10年。この間、開基蓮生法師や宗祖法然上人の800回御遠忌を円満成就され、また東京別院や蓮生閣とい う立派な会館を建立。大きな功績を残されました。

 昨年2月に私が本山に入山して、ご挨拶に伺った時、気さくに応対して下さり「今までは西山三派の管長の中で私が一番若いと自慢していたが、中西猊下が就 任されたので自慢できなくなりました」と快活に大笑されたのが印象に残っています。

その時「管長というのは孤独ですから、できるだけ多くの場に出て、多くの人に会うことですよ」とアドバイスされた言葉を大切に、実践しています。

多くの参列者に見送られて総門を出立された岩田前ご法主。ご法体、大切に。どうかお元気で。
光明寺84世・岩田文有前法主光 明寺84世・岩田文有前法主
御影堂での退山式御 影堂での退山式
   2011年(平成23年)

◆12月10~11日 孫の涼乃、京都へ

 10日夜、今年最後の「お経と法話の会」は50人の参加があり、熊谷直実と法然上人について話をしました。

11日、次女夫婦と孫の涼乃を伴い、京都へ新幹線で戻りました。

初めての新幹線に「うわー長い!」「うわーきれい!」「うわー早い」と涼乃は感動の連続でした。

一日だけの京都旅行でしたが、動物園や植物園でじゅうぶん満足だったようです。
初めての新幹線「ひかり」初 めての新幹線「ひかり」
京都駅のホテルのロビーで京 都駅のホテルのロビーで
   2011年(平成23年)

◆12月8日(木) 釈尊の成道会

 朝から降る雨音に混じって、南禅寺さんの梵鐘が聞こえます。

禅宗では12月1日から「臘八接心」という修行に入り、昼夜不眠不休で座禅を行い、8日の朝、釈尊の悟りを奉祝する法要を勤められます。

法要の始まりを告げる鐘の音なのです。臘八というには12月8日のことです。

 永観堂では、幼稚園で釈尊の悟りをお祝いする「成道会」(じょうどうえ)を行います。

園児と先生全員が園のホールに集まり、私が導師となって、お勤めをします。そしてその後、法話をかねて、釈尊にちなんだお話をします。

この日は、花岡大学さんの書かれた童話「牛飼いの男とがまがえる」の話をしました。園児たちが熱心に聞く表情が、すばらしいですね。
みんなでお勤めみ んなでお勤め
静かに熱心に聞く園児たち静 かに熱心に聞く園児たち
   2011年(平成23年)

◆12月8日(木) 北海道からのお客様

  北海道岩見沢市の法然寺(渡邉晋道住職)と善光寺(大久保瑞昭住職)の檀信徒40名が団体で本山に参拝されました。

両寺共に4年前に御遠忌のお待ちうけ法 要、3年前の6月に夏安居法要に説教師としてお世話になったことがあり、顔なじみの檀家の方も多いのです。

 善光寺の先代・泰昭師は昭和33年に本山で一緒に加行を受けた「同行」なのです。以来、32歳で北海道巡教の時も、ずいぶん親切にしてもらいました。

本山に一泊し、午前中に法要を勤めたあと、岡山の誕生寺に向かって出発されましたが、良い参拝旅行になったことと思います。

管長職を引退したら、北海道をゆっくり旅したいと思っているのです。
法然寺の住職と総代さん法 然寺の住職と総代さん
善導寺の住職と総代さん善 導寺の住職と総代さん
同行の大久保泰昭師同 行の大久保泰昭師
   2011年(平成23年)

◆12月7日(水) 愛知・宝国寺さん来訪

 愛知の宝国寺さんが来年10月に授戒会を開催されるので、その依頼のご挨拶に総代さん同道で来山されました。

住職の柴田全順師はかつて私とは本山の宗会議員の同僚でした。

住職の座を長男・孝順師に譲られる予定で、その住職交代記念に授戒会を開筵されるのです。

孝順師は39歳。師匠が元気な間に住職交代できるのは、幸せなことだと思います。
宝国寺住職師弟と総代さん宝 国寺住職師弟と総代さん
   2011年(平成23年)

◆12月6日(火) 奈良からのお客様

 高野山真言宗の奈良支所管内の寺院ご住職と寺庭婦人の方々が、研修のため永観堂に来山されました。

支所長の河野良文師は南都七大寺の一つ・大安寺のご住職です。

永観堂の開山・真紹僧都は弘法大師の十哲という、有力なお弟子でしたから、禅林寺は当初真言宗に属していたのです。

永観堂の通称の元になった永観律師は、東大寺で三論という仏教学を修めた高僧です。

さまざまなご縁を感じながら、みかえり阿弥陀仏の縁起などをお話いたしました。

いつか、大安寺さんにはぜひお参りしたいと思っています。
真言宗奈良支所の寺院の方々真 言宗奈良支所の寺院の方々
見返り仏の縁起を話す)見 返り仏の縁起を話す
   2011年(平成23年)

◆12月5日(月) 紀野先生、永観堂へ

 紀野一義先生ご夫妻が、真如会京都支部の幹事・前川昭治さんの案内で燃えるような紅葉に包まれた永観堂を訪ねてくださった。

お若い頃からカメラや8ミリ映写機など、ビジュアルなものに堪能である先生は、小型のビデオカメラを構え、永観堂の紅葉を十分に納めておられました。

昨年4月の晋山式にもご夫妻で出席して下さり、不肖の弟子にたいするお気使いに、ただ感謝あるのみ。
ビデオ撮影中の紀野先生ビ デオ撮影中の紀野先生
紀野先生ご夫妻と前川氏紀 野先生ご夫妻と前川氏
   2011年(平成23年)

◆12月4日(日) 京都真如会の例会

 紀野一義先生の真如会例会が3ヶ月に一度の割合で開かれます。久しぶりに興正会館での例会に参加し、紀野先生の講義を拝聴しまし た。

体調が万全でないにもかかわらず、一言一言をゆっくり確かめるように話される言葉の持つ迫力は変わっておられない。

いつまでも忘れられない人がある。その人との出会いが人生を変えることがある。そういう人を生涯何人持てるか。命終わる時、誰の顔を思い浮かべるか、等 等。

いつ聞いても、何度聞いても心に染みる講話です。
講話される紀野先生講 話される紀野先生
会場から本願寺の大銀杏と飛雲閣が見える会 場から本願寺の大銀杏と飛雲閣が見える
   2011年(平成23年)

◆12月3日(土) 京都コンサートホールへ

 キエフ国立交響楽団の演奏会があり、コンサートホールへ出かけました。

メンデルスゾーンとベートーヴェンの二大ヴァイオリン協奏曲と、ドヴォルザークの新世界。名曲中の名曲の揃い踏み。それだけに今まで生で聞く機会があまり ありませんでした。

高校生の時に、従兄弟が神戸に住んでいて、夏休みに遊びに行ったことがあります。大学生だった従兄弟が自分で組み立てたオーディオで聞かせてくれたのが 「新世界」でした。

私がクラシックに興味を持つきっかけになった曲なのです。

レコードやCDでは何度も聞いた、この3曲。過ぎ去りし日々を回想しながら、うっとり聞き惚れるほどの名演奏でした。ブラボー!
開演前の舞台。後方も満席開 演前の舞台。後方も満席
京都コンサートホールのロビー京 都コンサートホールのロビー
   2011年(平成23年)

◆12月1日(木) 東京からの訪問者

 坂本紀代子さんは、数少ない東京在住の知人です。

今を遡る50数年前、私が高校3年の時、旺文社発行の「高校時代」という雑誌のグラビアに「僕は学生僧」というタイトルで紹介されたことがありました。

その写真記事のあとに「男にだって負けないわ」というタイトルで、柔道をしている女子高校生が紹介されていました。

黒帯姿も凛々しいおかっぱ頭の可愛い女子高生が坂本(旧姓笠原)さんでした。それが縁となって文通するようになり、お互いに結婚後も年賀状のやりとりがあ りました。

 このたび、長女さんと二人で京都観光旅行をされ、永観堂を訪ねてくださったのです。50年ぶりの再会は実に懐かしくもあり、3人で食事をしながら話がは ずみました。

紀代子さんはデヴィ・スカルノさんと従姉妹であり、住居もすぐ近くであるとか。紅葉の最も美しい京都をじゅうぶんに堪能して帰られたようです。

桜のころに、またぜひ会いましょう。
東京からの訪問者坂 本さん親子と
   2011年(平成23年)

◆12月1日(木) 幼稚園で童話

 さて今月はなにを話そうか。あれこれ悩むのも楽しみの一つです。

「お客さまは神様です」といった大歌手がいましたが、私にとっては「園児はお地蔵様」です。そう、わらべ地蔵。

今日の話は「小猿のブランコ」。ブランコの大好きな子猿が、山火事からもぐらやねずみなどの仲間を助ける話です。

園児たちの目を見てください。聞き入っている様子がわかるでしょう。
聞き入っている表情聞 き入っている表情
ジェスチュアも話の大事な要素ジェ スチュアも話の大事な要素
   2011年(平成23年)

◆11月27日(日) 西陣の長円寺さんへ

 西陣の長円寺さんは、私が大学時代にここで日曜学校をさせてもらい、住職ご夫妻に大変お世話になったお寺です。

この夏の7月30.31日にも「暁天講座」にお招きいただき、門徒の方にお話しました。今回は、報恩講と世話になった祐勝前住職さんの一周忌法要の記念法 話にお招きいただいたのです。

100名近い門徒の方がお参りになり、先代を偲びながら「法然上人と親鸞聖人の出会い」について1時間余りの法話をいたしました。

先代の奥様は、多少耳が遠くなっておられるが、お元気でお迎えくださいました。

青春時代を過ごさせてもらったお寺。ご縁の不思議に感謝しながら、皆さんに見送られてお寺を後にしました。
先代夫人と祐信住職先 代夫人と祐信住職
長円寺の山門長 円寺の山門
   2011年(平成23年)

◆11月26日(土) 孫来る

 三女夫婦と娘婿の両親と孫二人、合計6名が永観堂にやってきました。

紅葉がもっとも美しい時期で拝観者も一日1万人を越え、人であふれかえっております。ご両親も大変喜んでくれました。

娘も両親と旅行するのは初めて、とのこと。いい親孝行になったことでしょう。
孫の和奏と遥香孫 の和奏と遥香
撮影者・和奏。なかなかの腕前。(孫自慢)撮 影者・和奏。なかなかの腕前。(孫自慢)
   2011年(平成23年)

◆11月22日(火) 東京国立博物館へ

 現在、東京国立博物館で開催中の「法然と親鸞ーゆかりの名宝」展を、家内と一緒に見にいきました。

上野駅から徒歩10分。
平成館の前で入場の順番を待つこと15分。

中はかなりの混雑でしたが、おめあての展示物はすべて入念に見ることが出来、館をでたのは午後2時半でした。正午に入場しましたからなんと2時間半かけて 見たことになります。

 法然上人と親鸞聖人が800年ぶりに東京で再会された、と思うと感慨深いものがありました。

禅林寺所蔵の国宝「山越の弥陀」はじめ、大覚寺所蔵の証空上人絵像、など関連のものもあり、実に見ごたえのある展覧でした。
特別展の図録表紙特 別展の図録表紙
禅林寺の山越の弥陀禅 林寺の山越の弥陀
   2011年(平成23年)

◆11月21日(月) 訪問者、続々

 紅葉が一段と進んでくると、永観堂を訪れる拝観者も増えてきました。その中に私に会いに来てくださる方も結構多いのです。これは 大変嬉しいことです。

この日も、京都府精華町の来迎寺さん住職ご夫妻と檀家の方々や、高校時代の恩師・内海信子先生が広島女専時代の同窓生の方々と拝観に来てくださり、併せて 私の顔を見にきてくださったのです。

このほかにも、北海道からのご夫妻、川西からのグループ、高校の一年先輩の俳句のグループなど、この二三日でお会いできた方は、かなりの数に登ります。

普段、管長室にこもりがちの日が多いのに、この時期だけは先客万来、有難いことです。訪問者、大歓迎。
精華町の来迎寺さんご一行にお話精 華町の来迎寺さんご一行にお話
恩師の内海先生の80歳グループ恩 師の内海先生の80歳グループ
   2011年(平成23年)

◆11月19日(土) 大覚寺の十夜会

 浄土真宗では、この頃に「報恩講」という法要を勤められますが、浄土宗では「十夜会」という念仏法要をつとめます。如来大悲の恩 徳に感謝する行事です。

昼1時と夜7時の二回にわたって勤めるのですが、昼は西光寺さんの五重会を勤め、夜の法要に本堂の余間で参拝。

久しぶりにお会いする檀家の方に、挨拶を兼ねて少し法話をいたしました。
故郷は、遠きにありても、帰ってきても、いいもんですね。
夜の十夜法要夜 の十夜法要
参拝者に法話参 拝者に法話
   2011年(平成23年)

◆11月18~20日 大塩西光寺での五重相伝

 本山の法主が末寺の法要に出講することを「親教」といいます。3月の愛知・浄久寺さんの五重相伝以来、本山管長として二度目の五 重相伝の親教です。

五重相伝は浄土門にとって授戒会とともに二大法要であり、住職が一代で一度開催できるかどうか、というほど、準備や経費などが大掛かりな法要です。

 この度の西光寺さんでの五重は、大塚靈雲上人が住職となって二度目、二十四年ぶりの開筵です。

わたしにとっても、もっとも親しい方であり、公私ともに世話になっているお寺での五重ですから、おのずと力が入ります。

伝燈の大導師として225名の受者の方に念仏信仰の要諦を伝授しおわった時は、実に感無量でありました。

幸いわが教団で最高の布教の大家である三輪真明上人が、説戒師として懇切に味わい深く説法されましたので、受者の方々の感動は一入であったと思われます。

まことに得がたい法縁と法悦の三日間でした。寺族の方をはじめ直檀として世話をされた寺院住職方、関係者すべてに感謝、です。
白い浄衣姿の受者白 い浄衣姿の受者
正法の伝授を要請する「乞法」の大塚師正 法の伝授を要請する「乞法」の大塚師
表白を読み上げる大導師表 白を読み上げる大導師
五重を受けた証しの血脈を授与五 重を受けた証しの血脈を授与
   2011年(平成23年)

◆11月16日(水) 講演のため帰省

 姫路経営者協会が毎年開催されるセミナーに出講のため、15日に帰省。

 16日3時に新宮荘へ赴きました。「リーダー・キャリアコース」の受講者は各企業から派遣された30歳代の男女40名。

どのように自己を変革するか、をテーマに90分間の講義を実に熱心に聞いてもらいました。

たとえば、自分の方から挨拶する、こちらから詫びる、などのなんでもないようなことでも、自分が変わることで相手も変わっていくという実例をいくつか紹介 しながら話をすすめました。

「心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる」 

これもインパクトのある言葉ですね。
なお、今月30日には企業の監督者研修にも出講します。
自己変革を説く自 己変革を説く
たつの市新宮町の新宮荘でた つの市新宮町の新宮荘で
   2011年(平成23年)

◆11月13日(日) 特別信徒研修会

 毎年この時期に、本山の特別信徒の方々の研修会が行われます。
御影堂で物故先亡者の追悼法要のあと、講演があります。

今回の講師は熊谷かおりさん。この方は熊谷直実の三十一代の子孫であり、お香や文具で有名な鳩居堂の現当主の孫さんでもあるのです。

シンガーソング・ライターとして活躍中のかおりさんは、先祖の熊谷直実、法然上人を師と仰いで出家し「蓮生」と名乗った念仏者の生涯を語りと歌で表現され ました。

法然上人の大遠忌の年に相応しい、講師のお話と歌でした。
特別信徒の方々特 別信徒の方々
熊谷直実の子孫・かおりさん熊 谷直実の子孫・かおりさん
   2011年(平成23年)

◆11月12日(土) ベートーヴェンを聴く

 京都フィルハーモニー室内楽団の定期演奏会は、ベートーヴェン特集。それもヴァイオリン協奏曲と交響曲第5番「運命」という、最 もポピュラーな演奏です。

久しぶりに聞くナマの運命。時間を忘れて聞き惚れておりました。それにしても、聴衆に高齢者のなんと多いこと。私も含め70歳以上が半数を占めると思われ ました。

今やクラシックは高齢者の癒しの音楽なのでしょうか。
円形のエントランス円 形のエントランス
会場の京都コンサートホール会 場の京都コンサートホール
   2011年(平成23年)

◆11月10日(木) 興福寺・北円堂

 近鉄奈良駅まで戻る途中、興福寺の北円堂にお参りしました。

南円堂は西国観音霊場ですから参拝者も多いのですが、北円堂は普段は拝観できません。そこが今一般公開されているので、立ち寄ったのです。

鎌倉時代に建てられた八角円堂は、もちろん国宝です。そして中に安置されている仏像のほとんどが国宝で、特に本尊の弥勒菩薩と、無着・世親菩薩像は運慶の 作として有名です。

この無着・世親像はわが国の肖像彫刻のなかで最高傑作といわれているもので、5世紀にインドで活躍した兄弟僧侶です。品格を備えた見事な姿に、しばらく見 ほれておりました。

 菊の香や奈良には古き仏たち  (芭蕉)
今日は、芭蕉の気分で奈良の勝れた文化財にふれた、幸せな一日でありました。
興福寺南円堂興 福寺南円堂
一般公開された北円堂一 般公開された北円堂
   2011年(平成23年)

◆11月10日(木) 東大寺ミュージアムへ

 先日、醍醐寺さんの晋山式の席で東大寺の北河原管長さんとお会いし、新しくミュージアムが完成したお祝いを申し上げたので、正倉 院展のあと表敬訪問しました。

南大門から正面に大仏殿をみて左手に建物があります。中に入ると、まず国宝の誕生釈迦仏が出迎えて下さいます。

微笑を浮かべた愛らしい像は、拝むものの心をなごませます。伎楽面を見ながら、次の部屋におめあての不空羂索観音菩薩立像と日光・月光菩薩がお立ちです。

法華堂のご本尊で、その建物をイメージした檀の上に、三体並んでお立ちになっているのです。堂々たるお姿の観音さまと、端正なお顔立ちの両菩薩。

全ての人に幸あれ、と願いつつ合掌いたしました。
東大寺ミュージアム正面東 大寺ミュージアム正面
ポスター中央が不空羂索観音ポ スター中央が不空羂索観音
   2011年(平成23年)

◆11月10日(木) 奈良・正倉院展へ

 近鉄特急に乗れば、京都から奈良まで35分で行くことができます。たまたま公務の合間の休日なので、しかも天気はよし。正倉院展 の奈良国立博物館へでかけたのです。

開館を待って入場したので、ゆっくり見ることができました。
今年の目玉は「蘭奢待」(らんじゃたい)と呼ばれる香木。東大寺に伝わる名香です。

時の権力者がこれを手に入れたいと思い、中でも足利義政や織田信長がこの一部を切り取り、その香りを楽しんだといわれています。

この沈香に「蘭奢待」と名づけたのは、三つの漢字の中に「東大寺」が含まれているからで、知的な遊び心が感じられておもしろいですね。なにも知らない人が 見れば、ただの木の根っこです。

 もう一つは聖武天皇の遺愛品で「金銀鈿荘の唐太刀」という儀式用の刀です。正倉院宝物で最も豪華な太刀であるといわれています。

華やかな天平文化を彩った、国際性あふれる宝物の展示でした。
奈良博物館の裏庭奈 良博物館の裏庭
奈良博の正面奈 良博の正面
   2011年(平成23年)

◆11月9日(水) 派祖証空上人の降誕会

 法然上人の高弟で、浄土宗西山禅林寺派の派祖・証空上人のお誕生を祝う法要です。

正式には善恵房証空といい、治承元年(1177)11月9日、源親季朝臣を父としてうまれ9歳の時、内大臣久我通親の猶子となった、と史伝にあります。

近年の研究では久我通親の実子である、というのが通説になっています。14歳の時に法然上人の弟子となり、以来法然上人が入滅されるまで22年間、つねに 師のそばに仕えた常随の弟子です。

師や仲間が法難によって死罪・流罪になるなかで、一人、京洛にとどまり念仏の灯を守り通した人です。我が宗門では亡くなった日よりも誕生の日を大切に、古 来、降誕会を勤めています。
派祖の坐像を正面に安置して法要派 祖の坐像を正面に安置して法要
永観堂幼稚園児も行儀よくおまいり永 観堂幼稚園児も行儀よくおまいり
おそろいの赤い袈裟姿の僧侶方お そろいの赤い袈裟姿の僧侶方
法要後5分間の法話法 要後5分間の法話
   2011年(平成23年)

◆11月8日(火) 住職研修会で講話

 新しく住職に任命されたものが受講する研修会です。住職として知っておかねばならない法式・勤行・宗派の規則・宗教法人法など、 かなり多岐にわたっての講義があります。

私も基礎知識としての仏教の三本柱について講義しました。
僧侶は死ぬまで勉強です。
管長の講義管長 の講義
25名の受講生25 名の受講生
   2011年(平成23年)

◆11月4日(金) 寺宝展 内見会

 永観堂の特別寺宝展が5日から開催されるのに先立ち、マスコミや関係者を招待して内見会を行いました。

釈迦堂で会期中の無事を願って法楽一会。テープカットのあと、来場者に公開しました。今年のテーマは「救」。キャッチコピーは「今、想いあう時」。

仏像も仏画も、それを発願した施主の願いがあり、制作した仏師や画家の想いがあります。単なる装飾品ではなく、その像を前に真剣に願い、祈りを込められた のです。

そういう故人の思いを感じてもらえればいいのですが。期日は12月4日まで。
ライトアップも始まります(これは11月30日まで)

代表者のテープカット代 表者のテープカット
大勢の来場者大 勢の来場者
   2011年(平成23年)

◆11月1日(火) 永観堂幼稚園で童話

 一ヶ月が経過するのは早いですね。秋晴れの好天の中、幼稚園へでかけました。
「ごんべさんの赤ちゃん」で体と心をほぐし、さて、今日のお話は「ある島のきつね」。

島に住む白いきつねが、留守の和尚さんに代わって、眼の不自由なおばあさんの頼みで、本堂でお経を読むという、ほのぼのとした話です。

人間と動物の交流を描いた浜田広介さんの名作です。
「ごんべさんの赤ちゃん」の歌と手遊び「ご んべさんの赤ちゃん」の歌と手遊び
白い狐が和尚さんの衣を着て「こんこん」白 い狐が和尚さんの衣を着て「こんこん」
   2011年(平成23年)

◆10月29~30日 大遠忌特別伝道法要

 大遠忌の記念事業の一つに、地方寺院百か寺において「お待ち受け法要」を行うという企画があって、四月までに80か寺で実施しま した。

本山の大遠忌法要終了後も要望があれば「特別伝道法要」を行います。

今回、京都市内4か寺が会所となり、本山から管長が出向して導師となり、4名の教宣部員が司会と法話を、15名の法事部員が法要をつとめ、総勢20余名に よる本格的な法要です。

29日午前10時から本山境内の智福院
    午後2時から粟田口の良音寺
30日午前10時から東山の正法寺
    午後2時から山科の当麻寺

この企画も宗派の長い歴史の中で始めてのことです。檀家の方々が大層喜ばれ、その姿をみて住職が感動した、という報告があり関係者一同も安堵しています。
本山境内にある智福院での法要本 山境内にある智福院での法要
本山境内にある智福院での法要本 山境内にある智福院での法要
良音寺の山門良 音寺の山門
同寺での管長の挨拶同 寺での管長の挨拶
   2011年(平成23年)

◆10月26日(水) 加古川・長楽寺さんへ

 9月3日から4日にかけて中国・近畿地方を直撃した台風12号は、和歌山・奈良だけでなく、播磨地方にも大きな被害をもたらした のです。

加古川市志方の長楽寺さんは裏山が大雨で崩壊し、本堂と庫裏が土砂に押し流され、全壊しました。

あれから50日あまり過ぎて、やっとお見舞いに行くことができました。Y字型にえぐられて露出した山肌が、まるで台風の爪あとのようでした。

重機が入り、本堂・庫裏跡は整地されていましたが、屋根だけが残り土砂や材木にうずもれている姿は異様でした。復旧にはかなりの時間がかかると思われま す。

釈住職ご夫妻にお目にかかり、お見舞い申しましたが、ご家族が全員無事であったことが不幸中の幸いであったと思います。

宗派としても出来るだけの支援をしなければなりません。あきず、あせらず、あきらめず。復旧作業はまだ緒についたばかりです。
Y字にえぐられた台風の爪あとY 字にえぐられた台風の爪あと
土砂に流され屋根だけ残った本堂土 砂に流され屋根だけ残った本堂
   2011年(平成23年)

◆10月23日(日) 京都国立博物館へ

 企画展「細川家の至宝」を見るために京都国立博物館へ行きました。
熊本城主細川忠興公以来の細川家所蔵の至宝は、今、永青文庫が保管管理しています。

今回公開されているのは、信長やガラシャ夫人などの書状や刀剣類、調度、絵画、仏像など多岐にわたり、見飽きることがないのです。

大名であるというだけでなく、古今伝授されたほど和歌にも造詣深く、細川歴代当主の教養の高さをうかがわせる展示でした。

 博物館の庭に東大寺の大仏殿前にある八角金銅の燈籠の複製品が置いてあります。

酸性雨や排気ガスなどの環境汚染から守るために、本来は複製の方を大仏殿前に置き、本物は博物館に納める計画だったのですが、東大寺の強い要望で本物を大 仏殿前に置くことになったのです。

行き場を失った複製は、結局この博物館が引き取り、庭の片隅に居候しているのです。(この話、昨日、東大寺の北河原管長さんから聞いたばかりです)
京都国立博物館の前で京 都国立博物館の前で
東大寺の八角金銅燈籠(複製)東 大寺の八角金銅燈籠(複製)
   2011年(平成23年)

◆10月22日(土) 醍醐寺三宝院さんの晋山式

 真言宗醍醐派の総本山・醍醐寺第103世座主に就任された仲田順和大僧正の晋山式にお招きいただき、北林内侍とともに参列しまし た。

式は国宝の金堂で行われ、真言宗各派や仏教・宗教各派の管長や会長はじめ800人が列席。厳粛かつ華やかな法灯継承の式でした。

仲田新管長は昭和9年のお生まれで、大正大学大学院博士課程を修了され、培われた博識と国際感覚豊かな、行動派のお座主さんです。

祝賀会では北河原東大寺管長、宮城聖護院門跡、庭野立正佼成会会長など各宗派の代表の方々と歓談し、有意義なひとときを過ごしました。

 実は仲田管長のお孫さんが今、永観堂幼稚園の年長組で、月に一度私が話す童話を聞いて、「今日は御前さんがこんな話をされた」と家に帰って報告されるそ うで、そういうご縁もあってお招きいただいたのです。ご好意に感謝、です。
北河原東大寺管長と歓談北 河原東大寺管長と歓談
三宝院から進列される仲田座主三 宝院から進列される仲田座主
金堂での晋山式金 堂での晋山式
各宗派管長とともに列席各 宗派管長とともに列席
   2011年(平成23年)

◆10月21日(金) 知恩院で大遠忌法要を挙行

 浄宗会という親睦団体があります。法然上人を宗祖とする浄土宗の7大本山と、浄土宗西山三派・時宗で構成されています。

10月17~22日まで浄宗会の11の宗派が、浄土宗の総本山・知恩院において、それぞれの流儀で元祖法然上人の八百回大遠忌を営むという、かつて宗門の 歴史になかった画期的な企画です。

禅林寺では10月21日午前10時より、私を導師として全国から集まった80人の僧侶と300名余りの檀信徒によって古式にのっとった伝統法要を営みまし た。

知恩院の境内は、法然上人が45歳から80歳までの間、住居とされ念仏の教えをひろめられた「吉水の草庵」のあったところです。

しかも、この地で入滅された、いわば念仏の根本道場です。この吉水を源流として浄土宗・浄土宗西山派・浄土真宗・時宗という四つの支流が今日まで続いてい るのです。

念仏門下の各派が宗派の垣根を越えて知恩院で法要を営むことは、歴史に残る快挙であり、実に感激的な法要でした。

 法要後、知恩院の伊藤唯真ご門跡から「同じ流れをくむ念仏門として、お互いに念仏教化に努めていきたい」とのご挨拶をいただきました。

大遠忌を強縁として、宗祖の教えを更に次の世代に伝え送っていくことが、なによりの報恩行であり、また大切な「恩送り」であると思っています。
隊列を整えて御影堂へ隊 列を整えて御影堂へ
中西法主を導師に法要中 西法主を導師に法要
参拝者に導師の親教参 拝者に導師の親教
法要後の挨拶(中央・伊藤知恩院ご門跡 右・中西法主)法要後の挨拶
(中央・伊藤知恩院ご門跡 右・中西法主)
   2011年(平成23年)

◆10月15日(土) 高松・教円寺さんの団体参拝

 高松・教円寺の坊守田村智明(旧姓藤田)さんは私の同郷で高校の後輩でもあります。仏縁があって在家から四国のお寺へ嫁いで、か れこれ40年。

保育園の園長を兼ねた、優秀な坊守さんです。このたび西本願寺さんの御遠忌法要に参拝し、午後に永観堂へお参りに来られたのです。

保育園の先生も含めて35名。永観堂の幼稚園を見学してもらい、その後、私の講話を聴いていただきました。

 久しぶりに会う智明さんは、昔と少しも変わらぬ明るさと優しさをもった女性でした。これも「所縁の不思議」というものでしょう。ようこそ、ようこそ。
「みかえり」について講話「み かえり」について講話
中門で記念写真中 門で記念写真
   2011年(平成23年)

◆10月14日(金) 南座の十月大歌舞伎

 法然上人八百回大遠忌記念の狂言として、新作歌舞伎「墨染念仏聖・法然上人譚」が上演されています。

長女の嫁ぎ先である新潟県長岡の西楽寺・春日住職夫妻を案内して観劇にいきました。南座で歌舞伎を見るのは50年ぶりのことです。

法然上人を演じるのは、人間国宝の坂田藤十郎丈。

約1時間の舞台の前半は熊谷直実(中村橋之助)が一の谷で平家の公達敦盛を討ち、懺悔して法然上人の弟子となり、熱い念仏者となる姿が回想形式で演じられ ます。

後半部分は、偲ぶ恋歌の名手といわれた式子内親王が、ひたすら法然上人を恋慕う女心と念仏の教えに引き入れていく上人との心の葛藤が見所です。

7本の円柱を移動することで場面転換するというシンプルな舞台装置ですが、1時間が短く感じられるほど清新な愛と信仰のドラマになっていました。
南座の正面南座 の正面
演目と配役の大看板演 目と配役の大看板
法然上人を演じる藤十郎丈法 然上人を演じる藤十郎丈
開演前の舞台と客席開 演前の舞台と客席
   2011年(平成23年)

◆10月12日(水) 京都コンサートホールへ

 「リスト200年の祈り」と題された東日本大震災復興支援のための国際交流演奏会が、震災のあった3月の14日から、パリ・ワル シャワ・ウィーンと巡回し、10月3日から京都御所、清水寺、堀川高校、二条城と廻り、今日のコンサートホールが最終の演奏会だったのです。

この復興支援演奏会には京都仏教会も後援しており、是非にも参加をと思い会場にかけつけました。

今年、生誕200年を迎えるリストは、1837年にドナウ河流域周辺で発生した洪水による大災害の折に、いち早くチャリティーコンサートを開いて、被災地 の復興に積極的に取り組んだといわれています。

今回、中心になって演奏活動をしているのは、シプリアン・カツアリスというピアニストです。

演目はリストのピアノ協奏曲第1番、ショパンのピアノ協奏曲第2番など。きらびやかなテクニックを用いた演奏に酔いしれた、というわけです。
コンサートホールの円形ロビーコ ンサートホールの円形ロビー
夜のコンサートホール夜 のコンサートホール
   2011年(平成23年)

◆10月12日(水) 幼稚園で童話

 園児たちが楽しみに待っているんです、といわれると素直に嬉しくなりますね。

今日は「こんにちわ どなたです?」という歌ゲームと、日本昔話の「猿じぞう」の話をしました。
こんにちわ、どなたです?こ んにちわ、どなたです?
大きなお山がありました大 きなお山がありました
   2011年(平成23年)

◆10月9日(日) 十三夜の月

 陰暦9月13日の月を、十三夜とか後の月といいます。枝豆や栗を供えるので、豆名月・栗名月とも呼ばれます。

永観堂は東山のふもとにあるので、月の出が襲いのです。弁天池のほとりで待つうちに、8時過ぎてようやく山の端から顔を出しました。

よお!日本一! と叫びたくなるほどきれいな月でした。
大玄関の鬼瓦の上の十三夜大 玄関の鬼瓦の上の十三夜
   2011年(平成23年)

◆10月8日(土) 大覚寺の法話会

 秋の夜長。読書もいいけど、法話を聞くのもいいもんですよ。

というわけで、今回も常連のメンバーが出席して「坂村真民さんの詩に学ぶ」第2回の話をしました。

皆さん、今度の21日の知恩院さんでの御遠忌法要にお参りするのを楽しみにしています。

一生の思い出になるような、良い法要が勤められますように。
熱心ないつものメンバー熱 心ないつものメンバー
本堂の大屋根に秋深し本 堂の大屋根に秋深し
   2011年(平成23年)

◆10月7日(金) 横浜鶴見の総持寺さんへ

 曹洞宗大本山・鶴見の総持寺第24世「大道晃仙禅師」の表葬(荼毘式)にご案内をいただき、北林内侍とともに列席いたしました。

さすがに全国に1万数千の末寺を擁する大宗派だけに、宗門内外からの参列者は実に多く、永平寺管長の御導師により盛大に挙行されました。

京都から参列した管長は私一人のようで、京都仏教会を代表するつもりで参列焼香させていただきました。

曹洞宗の開山・道元禅師と我が宗派の派祖・証空上人はともに時の内大臣・久我通親の実子であることが最近の学説で明らかにされています。いわば腹違いの兄 弟の関係なのです。

したがって両宗門ともに「久我竜胆」という宗紋をつかいます。そのようなご縁もあって、総持寺さんへの参拝も兼ねて荼毘式に列席させていただいたことを有 難く思っています。
各宗管長の控え室で各 宗管長の控え室で
内外から多数の参列者内 外から多数の参列者
祭壇の晃仙禅師頂像(遺影)祭 壇の晃仙禅師頂像(遺影)
正面祭壇にて焼香正 面祭壇にて焼香
   2011年(平成23年)

◆10月6日(木) 三山重役会

 浄土宗西山派の三本山(光明寺・誓願寺・禅林寺)の管長と重役が年に一度顔を合わせ親睦を深める会です。

今回は光明寺さんの当番で、四条木屋町に近い料亭で行われました。

 光明寺の岩田猊下は管長歴9年半、誓願寺の井ノ口猊下は12年のキャリアがあり、1年8ヶ月の私とは重みが違います。

岩田猊下はこの12月に退任されるので、これが送別の会ともなりました。

証空上人を派祖と仰ぐ三本山が、これからも和やかに一致協力して宗旨の宣揚に勤めたいものです。
右から岩田光明寺・井ノ口誓願寺各猊下右 から岩田光明寺・井ノ口誓願寺各猊下
料亭「ちもと」の若女将と料 亭「ちもと」の若女将と
   2011年(平成23年)

◆10月4日(火) 仏教音楽の集い

 法然上人八百回大遠忌の数々の記念事業の掉尾を飾る「仏教音楽の集い」が、京都コンサートホールで開催されました。

第一部は宗派の法事部と全国青年会の選抜メンバーによる雅楽と声明。第二部は寺庭婦人と禅林婦人会の女性コーラスによる讃仏歌。

肆誓偈(しせいげ)という経に節付けされた曲と、法然上人を讃えた曲は特に難曲ですが、見事なハーモニーでした。

また、この度の大遠忌を記念して新たに岸野末利加さんによって作曲された「一枚起請文」を、ピアノの伴奏で60人の女性が歌い上げられ、大きな感動を呼び ました。

第三部は上記の「一枚起請文」を朗唱する僧侶の声と、笙・篳篥・二十弦の箏、打楽器・ヴァイオリン・ビオラ・チェロの弦楽三重奏と混声四部合唱による演奏 でした。

まさに本邦初演。古典と現代音楽の見事なコラボレーションでした。

法然上人のご遺言がこのような音楽となって発表されるのは、なによりもお浄土でお聞きになっているであろう宗祖への、大きな報恩行であると思いました。

 この八百回大遠忌を機会に、これから毎年の宗祖の御忌会に奉納合唱されることを期待します。
第三部の壮大な楽曲「一枚起請文」第 三部の壮大な楽曲「一枚起請文」
作曲者の岸野末利加さん作 曲者の岸野末利加さん
   2011年(平成23年)

◆10月2日(日) 鈴木家・山崎家の仏前結婚式

 宗派の京都支所長である念仏寺住職・鈴木圭堂師の長男、圭潤師と、山崎美穂さんの結婚式が、永観堂の阿弥陀堂で行われました。

衣と袈裟姿の圭潤師と白無垢の打ち掛けと綿帽子の花嫁姿の美穂さんは、みかえり阿弥陀さまの前で誓いの言葉を述べ、念珠を交換し、晴れてお似合いの夫婦が 誕生しました。

新都ホテルでの披露宴では、両家のご親族に、念仏寺の法類寺院住職、友人など多くの参列者の祝福を受け、まことに晴れやかで和やかな宴となりました。

ちなみに花嫁は石川県小松出身の美容師さんです。お幸せに!
念珠と指輪の交換念 珠と指輪の交換
お似合いの新郎新婦お 似合いの新郎新婦
   2011年(平成23年)

◆10月1日(土) 葉加瀬太郎コンサート

 芸術の秋。音楽の秋。というわけで夜、京都会館へ葉加瀬太郎さんのコンサートに出かけました。

大阪生まれで京都堀川高校の卒業生ですから、京都には深い縁があるのです。彼が「ジークレフ」というグループを結成し、クラッシックの曲をアレンジして演 奏していた頃からのファンです。

今回、ベスト版のCDを発売した記念に全国ツアーをする一環の京都コンサートでした。
最後に演奏した「情熱大陸」のテーマ曲が、最高に盛り上がりました。
葉加瀬太郎コンサート葉 加瀬太郎コンサート
葉加瀬太郎コンサート葉 加瀬太郎コンサート
   2011年(平成23年)

◆9月30日(金) 清浄華院の晋山式に出席

 浄土宗は総本山知恩院を筆頭に六大本山があります。

その一つ、御所の東にある清浄華院さんでは、真野龍海台下の晋山式があり、久我宗務総長、北林内侍とともに宗門を代表して参列しました。

真野上人は大正11年のお生まれで大正大学の学長を経て、このたび清浄華院第82世法主に推戴され、今日の慶事となったのです。

梵文学の泰斗として尊敬を一身に集められながら、日本画をよくされ、音楽にも秀でられ、パソコンも駆使されるというの法主様です。

清浄華院一山挙げてのお慶びに満ち溢れた晋山式に列席できたことは、まことに光栄でありました。
晋山式に臨まれる真野台下晋 山式に臨まれる真野台下
祝宴で挨拶される真野台下祝 宴で挨拶される真野台下
   2011年(平成23年)

◆9月28日(水) 大学の同期会に出席

 昭和34年に龍谷大学に入学した同期生の同窓会が、卒業以来ほぼ毎年開催されます。

今年は大阪在住者が幹事となって、ホテル・ニューオータニで行われました。震災の影響もあって出席者は例年より少ない人数でしたが、北海道から九州まで、 30名の仲間が集まり旧交を温めました。

 昨年は京都で同期会が行われ、その翌日、40名ほどの仲間が永観堂を訪ねてくれ、私の法話を聞いたあと「みかえり阿弥陀仏」に参拝。

持つべきは友。同窓の仲間の友情に感謝したことでした。

アトラクションに歌謡説教がありました。コソフレット・アテナさん。ルーマニア出身の女性で、10年前に来日し仏教に出会い、得度して本願寺の布教使にな りました。

流暢な日本語で真宗の宗義を語り、歌謡曲の替え歌で法儀を説く姿に感銘を受けました。そして真宗教団の間口の広さを痛感いたしました。

来年、博多で会うことを約束して、皆と別れました。
ルーマニアの女性布教使の高座説教ルー マニアの女性布教使の高座説教
我が良き友・長谷川裕一氏(長谷川仏壇会長)我が良き友・長谷川裕一氏(長谷川仏壇会長)
   2011年(平成23年)

◆9月28日(水) 焼骨灰法要

 毎年春秋のお彼岸に「焼骨灰法要」が永観堂で営まれます。(春は相国寺さんで)

京都市中央斎場と宇治市斎場で葬儀のあと火葬に付され、骨箱に納まりきらない焼骨灰を供養する法要で、京都仏教会と葬祭業者とが共催でおこなわれます。

今年の春彼岸から秋彼岸までの半年に亡くなられたかたの御遺族が、この日は700人余り参詣されました。御影堂に入りきらなくて、外廊下や堂の外でお参り される方もありました。

京都仏教会のご重役の高僧方とともに、浄土宗の法式による法要のあと、10分ほどの法話をいたしました。

身内を亡くされて日も浅く、涙の乾かぬ日々を過ごしておられるであろう方々の心に、少しでも安らぎの心が訪れますように。
焼骨灰法要焼骨 灰法要
焼骨灰法要焼骨 灰法要
   2011年(平成23年)

◆9月26日(月) 除草作務

  「管長が草引きすることないでしょう」とか「威厳にかかわりますよ」とかいわれますが、もとより威厳とは程遠い身。

広い境内の中に、忘れられたように誰も掃除をしない場所があり、草が茂っているのを見ると、ほっておけない性分なのです。

それに、天気の良い日に一日、部屋にこもっているよりも青空の下で草を引いているほうが、はるかに健康的です。有体にいえば、腹ごなしの運動でもあるので す。

それに、この本山の歴代の管長さんがたは、どなたも草引きをしておられました。いわば伝統を引き継いでいるのです。
随身の伊藤君と随 身の伊藤君と
「わらべの径」の除草「わ らべの径」の除草
   2011年(平成23年)

◆9月24日(土) 朝の散歩道

 朝の勤行が終わると、スニーカーを履いて30分余り歩きます。

道筋はほぼ決まっていて、哲学の道か、南禅寺さんの境内を通る、二つのコースです。

この朝は、南禅寺さんの境内を歩きました。

きれいに除草された境内に、萩と彼岸花が秋を告げておりました。
彼岸花彼岸花
萩
   2011年(平成23年)

◆9月23日(金) 大覚寺で墓参り

 秋彼岸地上の者に香煙る  秋沢 猛 

暑さ寒さも彼岸まで、という言葉通り、猛暑から開放されるいい時候になりました。

墓前で故人や先祖をしのぶ彼岸。とりわけ秋はしっとりして、心静かに先祖と対面できます。

我が父は彼岸の人となって30年。そして私は母の歳(享年70歳)を越えました。
中西家の墓前にて中 西家の墓前にて
   2011年(平成23年)

◆9月20日(火) 秋の彼岸の入り

 秋の彼岸の入りは朝から雨でした。朝の勤行を終えて、納骨堂と歴代法主の墓前にお参りしました。

燃え残りの夏に、冷や水をぶっかけるような雨です。

異常続きの夏とも別れる時節が来たようです。
納骨堂納骨堂
永観堂歴代法主の供養塔永 観堂歴代法主の供養塔
   2011年(平成23年)

◆9月19日(月) ポップスを聴く

 久しぶりにポピュラーソングを聞きたくて、京都コンサートホールへ行きました。京都フィルハーモニー室内合奏団(略して京フィ ル)の演奏で、ゲストはサーカスの四人のコーラス。

 オープニングの曲が「ミスターロンリー」。これもまた懐かしい。若い頃、深夜のFMラジオの「ジェット・ストリーム」をよく聴いていました。その番組の テーマソングです。この曲を聴くと自然に城達也さんのナレーションが浮かんできます。

「遠い地平線が消えて、深々とした夜の闇に心を休め、はるか雲海の上を音もなく流れさる気流は限りない宇宙の営みを告げています」

 演奏された楽曲は、ほとんど60~80年代にヒットしたポップスばかりで、サーカスのハーモニーも素晴らしく、わが青春時代の「夏の日の恋」や「男と 女」などを「追憶」しておりました。
壁には指揮者の肖像がある壁 には指揮者の肖像がある
京都コンサートホールの円形ロビー京 都コンサートホールの円形ロビー
   2011年(平成23年)

◆9月16日(金) 倉敷へ出講

 播州信用金庫は姫路に本店があり、わが地元では「ばんしん」と呼ばれて大変親しまれている信金さんです。

播信さんと取引のある会社・商店の後継者を養成するセミナーに招かれ、会場のある倉敷市児島のホテルに出講しました。

このホテルからは「瀬戸は日暮れて夕焼け小焼け」の景色が目の前に見えるはずだったのですが、あいにく台風の影響による激しい雨で見ることはできませんで した。

 和田理事長さんにご挨拶して会場のホールに入ると、大学のような階段教室に60人の受講生がいます。みんな次代を背負う若者たちです。

名札を見ると、わが町網干の会社もあり、ほとんどよく知っている企業・商店ばかりです。懐かしい思いで60分の講義を聞いてもらい、彼らの今後の健闘を願 いつつシーサイドホテルを後にしました。
会場の階段教室会 場の階段教室
良きリーダーとは?良 きリーダーとは?
   2011年(平成23年)

◆9月14日(水) 京都家庭裁判所へ

 8月1日からの緑陰法話に三日間休まず聴講された方の中に、京都家庭裁判所の主任調査官をしておられる方がありました。

これがご縁となって、家裁の仕事の一部をお手伝いいただけないか、との依頼があり、まずは裁判所の内容を知るため北林内侍とともに訪問したのです。

下鴨神社と加茂川に挟まれた広い敷地の中にあって、裁判所らしからぬ美術館のようなスマートなイメージの建物で、入口横の庭園に母子像があり、台座には大 西良慶師の揮毫になる「家庭に光を、少年に愛を」という言葉が刻んでありました。

 所長室にて説明を受けたあと、所内を案内していただきましたが、離婚調停や少年非行事件の審判などを円滑にすすめるために、細やかな配慮がなされている と感じました。

下鴨神社から引き込まれた「いずみ川」が敷地の中の庭園を流れ、元三井家の所有であった純和風の邸宅もあり、日本でも最も恵まれた環境にある家庭裁判所と いう評価は正しいと思いました。
大西良慶師の揮毫のある母子像大 西良慶師の揮毫のある母子像
所長・主任調査官と懇談所 長・主任調査官と懇談
家庭裁判所の法廷家 庭裁判所の法廷
旧三井家所有であった庭園旧 三井家所有であった庭園
   2011年(平成23年)

◆9月12日(月) 仲秋の名月

 待つ月やかさなる堂の間より   荷兮

 ののさまと指差した月出たりけり 一茶
楓の葉と満月楓 の葉と満月
御影堂の上に出た月御 影堂の上に出た月
   2011年(平成23年)

◆9月11~12日 西本願寺団体参拝の方々が永観堂へ

 現在、西本願寺で行われている親鸞聖人750回大遠忌に参拝された方が、その後で永観堂へ参拝に来られることが多くなりました。

 この二日間でも、和歌山や静岡、あるいは相愛学園の関係者の方々など、団体で参拝に来てくださいました。

特に大学時代の同期生、友人などの縁で「みかえり阿弥陀さんに会い、玄禮さんの話を聞きたいので」参拝に来られるのです。持つべきは友。大切にすべきはご 縁。嬉しいことです。
浄土真宗のご門徒に法話浄 土真宗のご門徒に法話
多くの参拝者多 くの参拝者
   2011年(平成23年)

◆9月10日(水) お経と法話の会

朝日旅行のツアーの人々に午前中話をして、午後の新幹線で姫路に帰りました。夜の法話の会には、いつものメンバーが出席して、坂村 真民さんの詩について法話を聞いてもらいました。

来月21日には知恩院さんで「法然上人八百回大遠忌」の法要を永観堂が当番となって勤めますが、この法話の会のメンバーを中心に70名以上の申込がありま した。

二度とないご勝縁に会えるのは、文字通り「有り難い」ことです。
坂村真民さんの詩についての法話坂 村真民さんの詩についての法話
いつもの熱心なメンバーい つもの熱心なメンバー
   2011年(平成23年)

◆9月9日(金) 放生会(ほうじょうえ)

 放生会真っ赤な鯉のあばれけり  岸本尚毅

仏教の不殺生戒に基づいて、捕らえられた生き物を放つ行事。永観堂では幼稚園の園児が、境内の放生池に鯉を放ちます。

宗務所の各部長とともに池の側で法要を勤めたあと、橋の上から園児の代表と30匹ほどの鯉を池に放ってやりました。

一輪の花、一羽の鳥、一匹の魚。すべての命を大切にする人に育ってほしいものです。
池の横で法要池 の横で法要
園児の代表と鯉を放つ園 児の代表と鯉を放つ
   2011年(平成23年)

◆9月8~10日 「こころの旅」永観堂へ

 朝日旅行主催の「こころの旅」は、一日を一つのお寺で過ごすというツアーです。

8日から三日間兵庫、大阪・奈良、京都の各地から来られた「旅人」は、午前中、管長の法話を90分聞き、昼食後、午後は写経と堂内を拝観し、その後、4時 過ぎまで自由に過ごすという日程です。

三日間で延べ100人ほどの旅人を迎えましたが、さて、心の旅となりましたでしょうか。
写経する「旅人」写 経する「旅人」
法話を聞く「旅人」法 話を聞く「旅人」
   2011年(平成23年)

◆9月6日(火) 幼稚園で童話

 長い夏休みが終わって、幼稚園に賑やかな声が戻ってきました。たくましく日焼けした顔も多く見られます。つらいことの続く時に は、こどもたちの明るい笑顔がなによりの励ましになります。

 今月は「それは、たいへんだ!」という、森の動物たちの友情のお話です。病気のうさぎを、熊と狐と狸がお見舞いに行くという、楽しい話です。3歳児も熱 心に聞いていました。
熱心に聞く顔・顔熱 心に聞く顔・顔
仏間のあるホール仏 間のあるホール
   2011年(平成23年)

◆9月4日(日) 台風12号 加古川を襲う

 和歌山・奈良に甚大な被害をもたらした台風12号は、わが故郷・播州にも大きな爪あとを残しました。加古川市志方の長楽寺さんの 裏山が崩落し、寺の本堂と庫裏が全壊したという知らせに衝撃を受けました。

先代の頃から深いお付き合いのある寺であり、現住職の釈康祐師も永年の親交のある方です。宗派の兵庫県支所長として大遠忌にもご尽力いただきました。

さてこれからという時に、自坊の堂宇ことごとく土石流に押し流された喪失感はいかばかりか、まったく言葉を失います。

お寺の家族皆さんが無事であった、ということが不幸中の幸いといえます。復興への長い道のりになることでしょうが、宗派としてもできるだけの支援をしなけ ればなりません。

ただ、今は寺族皆さんの心の立ち直りを願うばかりです。
   2011年(平成23年)

◆8月31日(水) 「さだまさしコンサート」

 さだまさしさんのコンサートは、これが二度目です。10年前に奈良の薬師寺さんで玄奘三蔵院の完成記念のコンサートでした。

10年ぶりに聞くさださんは、相変わらず若若しく、エネルギッシュでした。ただ、今回は新しいアルバムの発表のコンサート・ツアーで、新曲を中心に心の原 風景をしっとりと歌い上げるステージでした。

途中休憩もなく、3時間余りを歌と巧みな語りでつないでいくのです。アンコールに応えて最後に一人でギターを弾きながら歌ったのが「いのちの理由」という 新曲でした。

この作品は知恩院さんの依頼により法然上人800回大遠忌のイメージソングとして作詞作曲されたものです。

「しあわせになるために誰もが生まれてきたんだよ」という歌詞に、この二度とない人生と出会いを大切に生きよ、という彼のメッセージが込められています。

「私が生まれてきた訳は、愛しいあなたに出会うため」。この人生を肯定する優しい歌です。
さだまさしさんは心優しき伝道師だと思いました。
ロビーには震災の支援を訴えるメッセージがロ ビーには震災の支援を訴えるメッセージが
開演前のステージ開 演前のステージ
   2011年(平成23年)

◆8月31日(水) 宗学院で講義

 管長も講師の一人で、3期生に講義をします。

「ご尊講」と呼ばれています。三日間で5時間の講義です。

日本仏教の特質、などを話していますが、5名とも熱心に聴講してくれています。
講義前の挨拶講 義前の挨拶
院生は皆礼儀正しい院 生は皆礼儀正しい
   2011年(平成23年)

◆8月24日(水) 日中合同仏教会の震災法要

 日本・中国の仏教会の代表による東日本大震災物故者の追悼法要が、知恩院の伊藤門跡を導師として同寺御影堂で厳修されました。

まず浄土宗の法式による勤行があり、続いて中国仏教会の指導者18名による中国式の法要が勤められました。

私も日中韓国際仏教交流協議会の一員としてお参りし会を代表して焼香いたしました。仏教を通じて三つの国の友好交流が深まれば、と感じたことでした。
導師の伊藤ご門跡(知恩院門主)導 師の伊藤ご門跡(知恩院門主)
中国仏教会の代表の僧侶方中 国仏教会の代表の僧侶方
仏教交流協議会を代表して焼香仏 教交流協議会を代表して焼香
中国仏教会による法要中 国仏教会による法要
   2011年(平成23年)

◆8月19日(金) 宗学院開講

 我が宗派の公式の教育機関である宗学院が開講しました。9月5日までの18日間、全員宿泊で研修します。3期生5名、2期生12 名、1期生6名、合計23名。

朝5時半起床から夜10時の座禅、11時消灯まで、ぎっしりと日程が組まれています。ここを卒業して宗派の僧侶としての基本的な資格が得られるのです。

ほとんどが大学生ですが社会人も数名います。私は彼らと朝夕の勤行や掃除などを共に行い、講義も担当します。しばらくは本山も若者の活気に溢れます。
全員で夕方の勤行全 員で夕方の勤行
声が揃えば心も揃う声 が揃えば心も揃う
   2011年(平成23年)

◆8月18日(木) 遠来の客あり

 家内の妹・岡田節子は埼玉県川越に住んでいます。久しぶりに二人の男の子をつれて(といっても大学生と高校生ですが)網干のおば あちゃんを見舞いに来てくれたのです。

川越に帰る途中で京都で下車、永観堂に立ち寄ってくれたのです。弟の真之の希望で京都国立博物館で開催中の「百獣の楽園ー美術にすむ動物」展に行きまし た。

これは予想外にすばらしく、見ていて楽しくなり絵に引きこまれる内容です。仏画にも動物の描かれているものがあります。

文殊・普賢像には獅子と象が、孔雀明王には孔雀が、そして涅槃図には多くの動物たちが描かれ釈尊の入滅を悲しんでいます。

このほか障壁画や文庫・屏風などの調度品にも画家が絵筆をふるっていて、動植物を表現しています。伊藤若冲・長澤芦雪・葛飾北斎・冨岡鉄斎など著名な絵師 が虎や龍などを描いているのです。

どの動物たちも美術品のなかで幸せそうに生き生きしているのです。必見の価値あり。
博物館前の岡田親子博 物館前の岡田親子
入口の看板前で入 口の看板前で
   2011年(平成23年)

◆8月17日(水) 琵琶湖へ

 幼稚園の夏休みを利用して京都へきている次女一家は、昨夜から役宅に宿泊。

車で琵琶湖へドライブ。といっても、永観堂から浜大津まで30分ほどで行けます。目的は琵琶湖就航の外輪船ミシガンです。

浜大津港を11時に出港して約90分のコースに乗船。お盆休みが終わったせいか、乗客はそれほど多くもなく、孫の凉乃は大喜びで船内を走っていました。

時折スコールのような夕立があり、船内でのショーを見たり、湖面を渡る風に吹かれて楽しいミニ旅行でした。
外輪船ミシガン外 輪船ミシガン
船上で孫の凉乃と船 上で孫の凉乃と
   2011年(平成23年)

◆8月16日(火) 大文字の送り火

 京の夏の夜空を焦がす名物行事で、「五山の送り火」といいます。葵祭・祇園祭・時代祭とともに京都の四大行事のひとつです。

五山というのは左京区の大文字山「大」、松ヶ崎の西山と東山「妙法」北区の船山「船形」、左大文字山「大」、右京区の曼荼羅山「鳥居形」の五つをいいま す。

亡くなった人の霊「お精霊さん」(おしょうらいさん)をあの世へ送り届けるので「送り火」といわれているのです。

特に今年は陸前高田で被災した松を一緒に焚き上げる計画が、放射能汚染のため取りやめとなったのは、大変残念なことでした。

次女の松瀬夫婦が孫の涼乃をつれてきたので、同じ網干出身の浜野録事の家族とともに永観堂の多宝塔に上がりました。

ここから左大文字と鳥居形が見えるのです。夜空に浮かび上がった送り火を見ながら、初盆を迎えた震災殉難者の精霊がお浄土に帰られることを祈りました。
多宝塔から見る左大文字多 宝塔から見る左大文字
鳥居形鳥居形
   2011年(平成23年)

◆8月14日(日) チャリティー・コンサートへ

 東日本大震災の被災者支援活動として、京都市交響楽団と京都の音楽団体が共同で開催のコンサートに行きました。

指揮は大友直人さん。京都市立の芸術大学、堀川高校、ジュニアーオーケストラの四団体、総勢150名の演奏者による大掛かりなコンサートです。

 第1部は京響によるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。美しいメロディの有名な曲です。

 第二部は四団体合同演奏で、「フィンランディア」「花のワルツ」「カヴァレリア・ルスティカーナ」「木星」など、いずれも題名を聞くだけでメロディーが 浮かんでくるほどのポピュラーな曲ばかりです。

100名を越える演奏者にパイプオルガンが加わり、圧倒的な迫力満点の美しい演奏でした。
京都コンサートホールの概観京 都コンサートホールの概観
ホールの内部(いずれも7月16日のもの)ホー ルの内部(いずれも7月16日のもの)
   2011年(平成23年)

◆8月13日(土) 京の七夕

 去年から開催されるようになった新しい京都の夏の行事が「京の七夕」です。
堀川と加茂川を会場に、京都らしい夜の祭りです。夏休みを利用して次女一家がやってきました。

ゆかたに着替えて堀川へ。二条城の中では大きな行灯や詩吟の演舞があり、老舗の夜店が並び、投扇興という優雅な遊びがあり、二人の孫も扇を的に投げるゲー ムを楽しんでいました。

堀川では笹飾りをライトアップした「願いの七夕」や「光りの友禅流し」など工夫をこらした催しがあり、特に「光の天の川」とLED を内蔵した「いのり星」が青く発光しながら川を流れてくる眺めは最高でした。

孫たちにも良い夏休みになったようです。
投扇興に挑戦投 扇興に挑戦
光の天の川光の 天の川
   2011年(平成23年)

◆8月11日(木) 墓洗う

 師の墓の高きところを洗ひけり  萩原麦草

苔が生えた墓をきれいに洗うことを掃苔(そうたい)といいます。盆を迎えて久しぶりに先代の墓を洗いました。

同居している次女の子涼乃(5歳)は小さいときから墓参りの好きな子で、この朝も喜んでついてきて、バケツの水を替えたり墓を洗ったり、大いに役に立ちま す。

トイレの掃除をする子は美しい娘になるといいますが、墓を洗う子は優しい娘になることでしょう。
爺と孫の墓掃除爺 と孫の墓掃除
   2011年(平成23年)

◆8月10日(水) お盆の施餓鬼会

 年中行事のなかでも僧侶にとってお盆は一番過酷な行事です。
  まざまざといますがごとし たままつり   季吟

お盆の先祖供養を「魂祭・たままつり」といいます。故人が目の前にいるかのごとく、丁重にお盆の供養をする美しい風習を詠んだ句です。

大覚寺では今日から15日までお盆の行事が続きます。
法類組寺住職出仕の施餓鬼会法 類組寺住職出仕の施餓鬼会
参詣の檀信徒の皆さん参 詣の檀信徒の皆さん
   2011年(平成23年)

◆8月6日(土) お経と法話の会

毎月第2土曜に行う「お経と法話の会」は、お盆の行事と重なるため第1土曜に変更しました。それでも60人近い参加者があり、この 会もすっかり定着した感があります。

 この会があるお蔭で、私も網干に毎月帰ることができるので有難いことです。今回は緑陰法話で使った資料をもとに、相田みつをさんの詩を取り上げてお話し ました。
お経と法話の会お 経と法話の会
お経と法話の会お 経と法話の会
   2011年(平成23年)

◆8月4日(木) 比叡山宗教サミットに出席

 仏教・神道・キリスト教・イスラム教など宗教宗派を超えた宗教者が比叡山に集い、世界平和を祈る「世界平和祈りの集い」に参加し ました。

 今回で24回を迎えた比叡山宗教サミットは、炎天下にもかかわらず約500人が参加。半田孝淳天台座主を導師に、世界平和への祈りを捧げ、また東日本大 震災殉難者への追悼の黙祷を捧げました。

全員で唱える般若心経に、折から降り注ぐ蜩の「カナカナ」の大合唱が和して荘厳な式典を盛り上げていました。
各宗教代表者による平和の祈り各 宗教代表者による平和の祈り
式典後のステージの前で式 典後のステージの前で
   2011年(平成23年)

◆8月4日(木) 幼稚園の「お泊り会」

 永観堂幼稚園の年長組さんは、毎年夏休み中に本山での「お泊り会」があります。

園児たちはこれを大変楽しみにしていて、3日午後から楽しいスケジュールがいっぱいあり、夕食はカレーライスを食べ、夜は興奮してなかなか眠れなかった子 もいたようです。

早朝、本堂にお参りし、「ごぜんさん」のお話を聴きます。スタンプラリーで汗をかき、「ごぜんさん」からご褒美をもらいます。

 生まれてはじめて親元を離れて、園の友達みんなと一緒に寝るという体験は、一生忘れられない思い出になることでしょう。
朝食をいっしょにいただく朝 食をいっしょにいただく
「ごぜんさん」からご褒美をもらう「ご ぜんさん」からご褒美をもらう
   2011年(平成23年)

◆8月3日(水) 緑陰法話 第3日

 最終日は仏教詩人・坂村真民先生の詩に学ぶ仏教。
坂村真民師の詩に始めて出会ったのも、やはり紀野一義先生を通してでした。

もう50年ほど前に紀野先生が始めて永観堂へ来られ、宗派の寺庭婦人の研修会で講演された時、お話の最後に紹介されたのが坂村真民先生の代表作『二度とな い人生だから』でした。それから20年後、紀野先生の高野山結集に講師としてお見えになり、初めてお会いしたのでした。

 私が二冊めの法話集を出版するとき、ご縁のあった坂村先生に序文の執筆をお願いしたら、こころよくお受け下さり、「念ずれば花ひらく」と揮毫された色紙 とともに送ってくださり、拙著の巻頭を飾ることができたのです。

一昨年、道後温泉の宝厳寺さんの裏山にある真民先生のお墓に詣で、感謝の念仏を捧げてまいりました。
最終日も230名を越える聴衆があり、三日間合計で700名近い方が来て下さったことになります。

酷暑の中、足を運んで下さった方々と準備万端整えて下さった裏方さんに、感謝!
知人も多くご来場知 人も多くご来場
緑陰の名にふさわしい雰囲気で緑 陰の名にふさわしい雰囲気で
   2011年(平成23年)

◆8月2日(火) 緑陰法話 第2日

 今朝は金子みすゞさんの詩を取り上げました。
金子みすゞ、という名を始めて聞いたのは、やはり紀野一義先生の高野山結集でした。

25年ほど前、ゲスト講師に来られた佐治晴夫先生。宇宙物理学が専門でありながら、金子みすゞの大フアンという異色の博士です。

そのとき、佐治先生から紹介された「大漁」「星とたんぽぽ」「私と小鳥と鈴と」などの詩にすっかり魅了されてしまい、それ以来わたしもみすゞさんのフアン になったのです。

 この7月には金子みすゞを世に出された詩人の矢崎節夫先生(現在、金子みすゞ記念館館長)と、みすゞさんの娘であるふさえさんが永観堂を訪ねてくださ り、お会いできたご縁もあり、話にも熱が入りました。

本日の来聴者は過去最高の240名。みすゞさんのお蔭ですね。
過去最高の240名の聴衆過 去最高の240名の聴衆
今朝は「小豆粥」を来聴者に接待今 朝は「小豆粥」を来聴者に接待
   2011年(平成23年)

◆8月1日(月) 緑陰法話 第1日

 6時の尋朝勤行を終えて、休む間もなく境内の弁天池の会場に移動します。7時からの開始というのに、すでに多くの方がつめかけて おられます。夏恒例の永観堂「緑陰法話」の始まりです。

 毎年この時期に京都の各宗本山で「暁天講座」を開催されますが、野外でテントを張り、しかも三日間とも外部から講師を迎えず、管長が法話をするというの も珍しいと思います。

 今年のテーマは「詩に学ぶ仏教」と題し、第1日は「相田みつを」さんの詩を取り上げました。
相田さんは、私が若い頃から学んだ紀野一義先生の主宰される「真如会」の古くからの会員さんでした。

毎年8月に高野山で行われる真如会の結集で、30年ほど前に相田さんに会ったことがあります。その当時はほとんど無名に近い書家でしたが、仏道を求め歩む 姿勢は尋常ではなく、人柄といい作品といい不思議な魅力がありました。

以来、作品を通して相田さんから多くのことを学びました。真如会の先輩会員であり仲間ともいうべき故人を偲びつつ、60分があっという間に過ぎました。

 早朝とはいえ暑い中を、この日の参加者は214名。30年近く続く中で200名を越えたのは始めてだそうです。相田さんのお蔭だと思います。
朝風の中で爽やかに朝 風の中で爽やかに
200名を越える聴衆200 名を越える聴衆
   2011年(平成23年)

◆7月31日(日) 京都支所の研修会で

 本山に単身赴任してありがたいことは、本山で行われる各種研修会の講義を聴講できることです。

7月29日から三日間開催される京都支所の教学研修会においても、講師の福原隆善先生(仏教大学前学長)や中西随功先生(西山短大副学長)の講義を聞ける のも役得というものです。

31日には「俳句に親しむ」という講義で、講師は伝統俳句協会の福本めぐみ先生でした。俳句を作る上での基本的な心構えのお話のあと、実際に句会を開いて 体験するのです。

兼題は「蝉」。最初は戸惑い勝ちだった受講者も、自分の句が披講され講評されるととても嬉しそうでした。

福本先生はホトトギスの同人で、私の家内とも顔見知りの間柄ということもあり、講演後、親しく懇談させていただきました。
中央の女性が福本先生中 央の女性が福本先生
句会の雰囲気で句 会の雰囲気で
   2011年(平成23年)

◆7月30~31日 西陣の長圓寺さんへ

 学生時代、大学のサークルで日曜学校活動をしていました。

当初、五条坂の大谷本廟の中の龍谷日曜学校(略して日校)に属していたのですが、4回生になって、新たに西陣のお寺で日校を開設したいという要請を受け て、後輩6名をスカウトして始めたのが長圓寺さんでした。

住職の清水祐勝先生は温厚な人格者で、奥様は我々学生に大変やさしく毎週日曜学校がすむと手作りの昼ごはんをご馳走していただき、随分お世話になりまし た。

当時はまだ西陣の町も活気があって、日曜でもカタカタという織機の音があちこちで聞こえていました。40名程の西陣の子どもたちと毎週過ごしながら、私た ち学生もまた育てられていたのです。

お世話になった祐勝師は今年はじめに遷化されました。その当時、小学生だった寺の長男・祐信さんも57歳。立派な住職になられました。

この度、暁天講座にてお話をという依頼があり、喜んでお受けしました。40数年ぶりに長圓寺さんの本堂で法話をさせていただきました。

子どもたちの前で法話をしていた学生の頃を思い出して、感無量でした。寺の前の児童公園から聞こえてくる、おびただしい蝉の鳴き声を聞きながら、きっと祐 勝先生もお浄土からご覧になっていることであろうと思ったことでした。

早朝6時という時間にもかかわらず、多くの門徒の方が聴聞くださり、所縁の不思議をしみじみと感じておりました。
長圓寺さんの山門長 圓寺さんの山門
本堂で48年ぶりの法話本 堂で48年ぶりの法話
   2011年(平成23年)

◆7月25日(月) 本山用達会の会合へ

 本山にお出入りの業者の親睦会が、東山高台寺の料亭でありました。

立派な構えの老舗の料亭で、しかも座敷から眺める京都の街の景色は見事でした。

時を忘れ、楽しいひと時でした。
料亭「京大和の門前料 亭「京大和の門前
夕暮れの京の町並み夕 暮れの京の町並み
   2011年(平成23年)

◆7月23日(土) 川崎の春秋苑へ出講

 京都仏教会からの依頼を受けて、川崎市の春秋苑という墓地霊園へ講演に赴きました。

戦後、霊園事業を年々拡大され、広大な敷地を持つ美しい霊園です。信行寺という浄土真宗本願寺派の寺院の経営で、年に6回、墓地を持つ方々や一般市民対象 の講演会を開催しておられます。

そのうちの1回は仏教界から講師を招かれており、このたびも京都仏教会を経て私に依頼があったのです。
午後二時、会場一杯の聴衆の方々を前に、仏教の三本柱についてお話いたしました。

会場には私が永年師事してきた紀野先生の奥様や真如会の事務局の石井氏など知り合いの方もお見えくださり、和やかな雰囲気の中で90分の講話をさせていた だきました。

京都仏教会の事務局の長澤師が最初から最後までお世話くださり、お蔭で安心して務めを果たすことができました。お礼申します。
会場一杯の聴衆会 場一杯の聴衆
仏教の三つの柱について仏 教の三つの柱について
   2011年(平成23年)

◆7月18日(月) 智積院へ参拝

 東山七条にある真言宗智山派総本山・智積院さんへお参りにいきました。

学生時代にこの近くの今熊野の山中に下宿していたので、このお寺の前は毎日通っていたのですが、お参りする機会がありませんでした。

いつでも行ける、という安易さがかえって良くなかったのですね。はじめて訪れた智積院さんは、外からみる印象とは随分異なって、明るく堂々たる構えの素晴 らしいご本山です。

お目当ての長谷川等伯一派によって描かれた桜と楓図は、収蔵庫の中に展示してありました。

昨年の京博での等伯展でも見た作品ですが、息子久蔵が25歳で描きあげた実に大胆な構図の桜図と、久蔵が急逝した翌年に「自己の生命力を画面いっぱいに傾 けて」父等伯が描き出した楓図。

見るものの感動を誘う豪華な襖絵です。
境内は清浄に保たれ、参道の両脇に植えられた白と紫の桔梗が、涼しげに咲いていました。
彩色複写された楓図彩 色複写された楓図
同 桜図同 桜 図
刈り込まれた植え込みの名勝庭園刈 り込まれた植え込みの名勝庭園
現代建築の金堂現 代建築の金堂
   2011年(平成23年)

◆7月17日(日) 祇園祭山鉾の巡行

 日曜日。公務もなし。祇園祭りの山鉾巡行を見に行こう。というわけで、一番混雑する四条通りを避けて、河原町御池の交差点での 「辻回し」を見ました。

ホテル・オークラの前に絶好の観覧場所を見つけ、優雅でしかも豪華勇壮な辻まわしを充分に見ることができました。

 祇園という地名は、釈尊在世の頃の「祇樹給孤独園」を省略したもので、ここにスダツ長者が釈尊のために建てたお寺を「祇園精舎」といいます。

この精舎で釈尊は「阿弥陀経」を説かれました。ただ祇園精舎には鐘はなかったそうで、平家物語の「祇園精舎の鐘の声」というのは、嘘です。

八坂神社の祭りを、「祇園祭」というのは、祇園精舎の守護神が牛頭天王であり、八坂神社も牛頭天王を祭神とするので、祇園祭というようになったようです。
交差点を回る「辻回し」交 差点を回る「辻回し」
お囃子の音も最高潮お 囃子の音も最高潮
   2011年(平成23年)

◆7月16日(土) 京都市交響楽団の演奏会へ

 京都市交響楽団(略して京響)のスペシャル・コンサートが京都コンサート・ホールであり、聴きに行きました。

コンサート・ホールでの演奏を聞くのは初めてで、この日を楽しみにしていたのです。音響効果の良い素晴らしいホールでした。

常任指揮者広上淳一氏の指揮で、ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」、ボロディンの歌劇「イーゴリ公」など、馴染み深い曲ばかり。

共演の京都市民合唱団120名のコーラスも迫力あり、聴き応え満点の2時間でした。

この会場で10月4日、我が宗門の禅林婦人会が中心となって「仏教音楽の会」が開催されます。
なによりも楽しみです。
京都コンサートホール外観京 都コンサートホール外観
演奏直前のステージと会場演 奏直前のステージと会場
   2011年(平成23年)

◆7月14日(木) 祇園祭の宵々々山へ

 コンチキチンの祇園囃に誘われるように、夕暮れの四条通りへ繰り出しました。

去年は連日夕立に見舞われて、人の出足がにぶったようでしたが、メーン通りが歩行者天国になった今夜は、15万人の人出とか。

月鉾・凾谷鉾・薙刀鉾と四条通りを西から東へ、人の流れに沿って歩き、それぞれの鉾の下でお囃子を聞くのがいいですね。

疫病退散を願って始まったといわれている祇園祭。この夏の暑さを無事に乗り切れたらいいですね。
薙刀鉾の下でお囃子を聞く薙 刀鉾の下でお囃子を聞く
四条通りを埋め尽くした鉾と人四 条通りを埋め尽くした鉾と人
   2011年(平成23年)

◆7月14日(木) 六阿弥陀功徳日

 京都市内で阿弥陀仏を本尊とする寺院6か寺を巡拝する習慣が、いつごろから始まったのか定かでありませんが、信仰と健康と娯楽を セットにした参拝は真夏の今も健在です。

猛暑日のこの日、朝から参拝の方は途切れることなく阿弥陀堂への石段を上っていきます。祇園祭りにちなんで、インドの祇園精舎と八坂神社とのつながりにつ いてお話しました。
阿弥陀堂内陣阿 弥陀堂内陣
塔婆の回向もあります塔 婆の回向もあります
   2011年(平成23年)

◆7月13日(水) フェルメールからのラブレター展へ

 岡崎の京都市美術館で開催中の「フェルメールからのラブレター展」を見にいきました。

人気の高い美術展ですが、平日の早い時間であったせいか入場者は少なく、ゆっくりと見ることができました。

フェルメールの作品を中心に、17世紀のオランダのヤン・ステーンなど同時代の画家たちの作品を四つのテーマに分けて展示してあり、興味深く見ることがで きます。

特に最後のコーナーの「手紙を通したコミュニケーション」が目玉で、手紙を読んだり書いたりする若い女性の姿を、フェルメールは美しく描いています。
美術館の正面を入ったところ美 術館の正面を入ったところ
手紙を書く女手 紙を書く女
手紙を読む青衣の女手 紙を読む青衣の女
手紙を書く女と召使手 紙を書く女と召使
   2011年(平成23年)

◆7月9日(土) お経と法話の会

 檀信徒会館が完成してから始めた法話の会も、3年目に入りすっかり定着しました。今月も50人余りの会員さんが出席され、お経の 声もぴったり合ってすばらしい勤行です。

先日、永観堂に矢崎節夫さんと、金子みすずさんの娘さんである大山ふさえさんが来山されたこともあって、今月の法話は「金子みすずの詩と仏教」がテーマで す。

いままで法話の会で取り上げたことのない「こだまでしょうか」「お日さん・雨さん」「鯨法会」などを題材にお話いたしました。

4年生の孫・和奏がこれらの詩の持つ意味を理解できるようになったのは、嬉しいことです。
金子みすずの詩をテーマに金 子みすずの詩をテーマに
いつものメンバーですい つものメンバーです
   2011年(平成23年)

◆7月8日(金) 禅林婦人会で法話

 法然上人の八百回大遠忌を記念して、我が宗派の婦人会で「仏教音楽の集い」が計画されています。10月4日、しかも会場は京都コ ンサートホール。

コーラスに声明、雅楽、琴なども加え、現代風の仏教音楽の発表で、メインはこの度オリジナルで作曲された「一枚起請文」。このリハーサルを兼ねて、練習の 後、約1時間の法話をいたしました。

それにしても壮大な計画で、当日の発表を心待ちにしているのです。
仏教音楽の集いのポスター仏 教音楽の集いのポスター
   2011年(平成23年)

◆7月8日(金) 幼稚園での童話の日

 毎月、永観堂の幼稚園で園児たちに童話を話すのを楽しみにしています。先日、園の理事会の会合のとき、女性の先生たちから「私た ちも楽しみにしているんです」といわれて、大変勇気づけられました。

というのも、年長組はともかく、三歳児の年少組はお話に集中できる時間も短く、素語りというのはむつかしいのです。そこで、いろいろ工夫します。ゲームを したり、歌をうたったり、まず雰囲気を作って話しにはいるのです。

今日のお話は「おじさんのかさ」。原作はさのようこさんの書いた絵本です。いつも傘を持ち歩いているおじさんは、どんなに雨がふっても傘をさそうとしない のは、「傘がぬれるから」。

そのおじさんが、とうとう傘を開いて「雨がふったらポンポロロン」と詠い始めた、というはなしです。主人公のおじさんのように、傘をもち帽子をかぶってお 話しました。

さて、来月は?
まずは歌とゲームでま ずは歌とゲームで
傘をさしたおじさん傘 をさしたおじさん
   2011年(平成23年)

◆7月6日(水) 矢崎節夫氏の来訪

 金子みすず、という名前は今、全国的に知られています。東日本大震災以後、テレビで「こだまでしょうか」という詩が紹介されて、 尚一層、本が読まれているようです。

30数年前、山口県仙崎の金子みすず、という当時あまり知られることのなかった詩人を発見し、その全作品を出版して世に出された功労者が矢崎節夫氏です。 現在は「金子みすず記念館」の館長をしておられます。

 たまたま3月に永観堂に参拝され、御影堂での法要のあと私がお話した法話のなかで、「代受苦者」の言葉を聞かれ心に感じるものがあった、と述べられてい ます。

この度、わが宗派の住職6人が発起人となって京都に「金子みすずの会」を立ち上げるために、昨日大宮の休務寺さんでの講演会に出講され、改めて今日、永観 堂へ来てくださったのです。

しかも金子みすずさんの娘さんである、上村ふさえさんと、みすずさんの本を出版しているJULA出版の大村社長を伴っての来寺です。以前から一度お目にか かりたいと思っていた方々でしたから、この訪問は大変嬉しいことでした。

この出会いを大切に、私もまた「みすずワールド」のひとりとして、稀有な詩魂を持ちながら早世した詩人のこころを、一人でも多くの人に伝えたいと思ってい ます。
矢崎節夫先生と上村ふさえさん矢 崎節夫先生と上村ふさえさんと
   2011年(平成23年)

◆7月5日(火) 愛知県三河教区に出講

 浄土宗の愛知県三河教区での教学講習会にお招きを受け、北林内侍とともに出講しました。対象は教区内の寺院住職・寺族方です。

会場は岡崎市の九品院さん。ここは大樹寺と並んで浄土宗の別格寺院です。広い境内にもかかわらず掃除が行き届き、清浄で閑静な雰囲気を保っていて、思わず 襟を正す趣があります。

「念仏の三本柱」と題して90分の講義でしたが、出席の皆さんが真剣に聴講くださって、大変良い仏縁を結ばせていただいたと感謝しています。
掃除・勤行・供養を主義とする九品院で掃 除・勤行・供養を主義とする九品院で
真剣に聴講の参加者真 剣に聴講の参加者
   2011年(平成23年)

◆7月3日(日) ご結婚お祝いの会に列席

 昨年2月に本山赴任以来、一番数多くお会いし、親しくご交誼いただいている管長さんが聖護院ご門跡の宮城泰年猊下です。龍谷大学 の先輩でもあります。

その宮城猊下が結婚され、お祝いの会にご招待を受け宝が池グランドプリンスホテルに参上しました。宮城猊下は80歳、啓子夫人は?歳。

合計年齢が140歳というご夫妻ですが、お二人の若々しさに出席者一同、納得。それにしても宮城猊下の交友関係の広さに驚きました。

仏教各宗の管長・重役諸師はもちろん、芸術分野からも多くの方が出席され、すべての出席者から惜しみない祝福を受けておられました。

いつかモルジブの海に二人で潜りたいというのが夢であるとか。夢のスケールも違います。理想的なソウル・メイト(魂の伴侶)を見る思いで、心よりお祝い申 し上げました。
舞台上の宮城猊下と啓子夫人舞 台上の宮城猊下と啓子夫人
お開きのシメは啓子夫人のご挨拶お 開きのシメは啓子夫人のご挨拶
   2011年(平成23年)

◆6月29日(水) 寺庭婦人講習会

 6月の安居研修の掉尾を飾るにふさわしく、お寺の奥さん(宗派によって坊守という)の研修会が91名という多くの参加者を得て、 華やかに開催されました。

開会式の後、初めての参加者のために「得度式」を行います。懺悔文と三帰依文を読み、五戒と剃刀での剃髪(形だけですが)式のあと「取り名」という法名を 授けます。

今年は7名の新沙弥尼が誕生しました。続いて管長の講義は「会津八一の歌と仏法」と題して、奈良の仏像と会津八一の歌についてお話いたしました。

他の講師にならって、パソコンとスライドを使って仏像の写真を投影しながらの解説でした。
スライドを使って講義ス ライドを使って講義
とても熱心な聴衆ですと ても熱心な聴衆です
   2011年(平成23年)

◆6月29日(水) 先輩来る

 大学時代の2年先輩で佐賀の調実叡師が奥様とご次男とともに永観堂を訪ねてくださいました。

本山の西本願寺にお参りして、その足で立ち寄っていただいたのです。ともに日曜学校活動をした仲間であり、厳しく指導してもらった先輩でもあります。

思いは50年前の学生時代に立ち返り、話題は尽きることなく歓談いたしました。先日の多田直子さんといい、学生時代の仲間の友情は有難いものですね。
先輩・調師ご一家と先 輩・調師ご一家と
   2011年(平成23年)

◆6月28日(火) 宇治平等院へ

 法然上人800回忌に協賛して平等院で「法然とその聖なる民俗」展を開催中なので、拝観に出かけました。

関白藤原頼道によって開創され、屋根に一対の鳳凰を置いたため「鳳凰堂」と呼ばれているのは広く知られています。

この鳳凰堂も浄土庭園も見事に修復整備され、新築された鳳翔館には梵鐘や雲中供養菩薩像などの国宝が整然と展観されています。

鳳翔館の中に法然上人にまつわる資料が展示されていました。木像の上人像は合掌された珍しい姿です。お顔も若若しく40代中ごろのように見受けられます。

浄土宗を開かれた43歳の頃のお姿かと推察されます。また、上人の両親の法名を書き入れた阿弥陀仏の絵像と名号の軸は、いつの時代のものか、珍しい軸で す。

他に上人とお母様との往復書簡の写しもあって、興味深く見ることができました。平等院はいつお参りしても心洗われる浄土空間です。
鳳凰堂前景鳳凰 堂前景
復元彩色された雲中供養菩薩復 元彩色された雲中供養菩薩
これも復元された九品来迎図こ れも復元された九品来迎図
定朝作の阿弥陀仏坐像定 朝作の阿弥陀仏坐像
   2011年(平成23年)

◆6月27日(月) 関西電力関連会社で講演

 今回姫路に帰ってきた理由にひとつは、講演の依頼があったからです。

関電エンジニアリング。この会社の姫路支社長は肥塚日出喜さん。大覚寺の檀家で奥さんの明美さんは婦人部の役員さんです。

ご夫婦で毎月「法話の会」に出席されています。その肥塚さんの依頼で会社の安全大会に出講することとなったのです。会場は姫路市勤労会館。

今年は特に「安全」ということに格別の意味があります。協力会社の社長・社員さんを含めて200名余りの方々に「水五則」についてお話いたしました。

講演後、肥塚さんや担当部長さんと会食に誘われ、久しぶりに魚町の老舗の料理屋さんでおいしい食事をいただきました。
網干のゆかたまつりの夜網 干のゆかたまつりの夜
前日から盆踊りの舞台も準備完了前 日から盆踊りの舞台も準備完了
   2011年(平成23年)

◆6月26日(日) 荒神祭

 大覚寺の前身「光接院」は現在地より北1キロほどのところにありました。室町時代、赤松の乱があって播州全体が戦場になり、光接 院も戦火にあい焼失しました。

現在地に移ってきたところに、土地の祖神として三宝荒神が祭ってあったので境内の一角にお堂を建てて、毎年お祭りをするようになったのです。

荒神は江戸時代、台所のかまどの神として庶民に信仰されました。おそらく田植えが終り、夏を迎えるに際して秋の実りと疫病などはやらぬようにという願い を、三日間の祭りに込めたのだと思われます。

今年は三日とも天気に恵まれ、27日の盆おどりも大盛況であったようです。
境内は夜店と人でいっぱい境 内は夜店と人でいっぱい
三宝荒神社三宝 荒神社
   2011年(平成23年)

◆6月23~24日 法式講究所にて

 六月の安居研修の第三弾は「法式講究所」。

僧侶として身に着けねばならぬ法要儀式・読経作法などを研修するところです。参加者が50名を越えるほど盛況なのは、それだけ関心が高いということでしょ う。

講師の先生方の講義も、DVDやスライドを使用して理解しやすいように工夫されています。興味深く聴講いたしました。
基本は声を揃えること基 本は声を揃えること
演習。実際にやってみる演 習。実際にやってみる
   2011年(平成23年)

◆6月22日(水) 高槻へ出講

 久しぶりに企業での講演です。高槻市内の大昭工業(株)の安全大会で関連の業者の方にお話をいたしました。

会場の市民会館の隣に教会があり、高山右近の像がありました。高槻城城主でキリシタン大名として知られています。

彼と同じ時代に黒田勘兵衛がいます。勘兵衛も若い頃クリスチャンで、洗礼名をドン・シメオンといいます。後年、隠居して如水と名乗りました。

その名のちなんで「水に学ぶ人生」と題して講演しました。
講演会場で講演 会場で
高槻城主・高山右近像高 槻城主・高山右近像
   2011年(平成23年)

◆6月19日(日) 孫の凉乃来る

 大覚寺に今同居している次女夫婦の一人娘は、8月生まれの5歳。
名前を凉乃といい、幼稚園の年長組です。

体が大きくて、3年生くらいの身長です。運動大好きで、特に水泳が得意でスイミングスクールへ行くのを楽しみにしています。

この日京都にやってきて、映画村でプリキュアにあって大喜び。動物園でふれあい広場のウサギを抱き上げてまた大喜び。夕方、永観堂幼稚園の園庭にある遊具 でまたまた大喜び。

この園庭はとてもよく工夫されていて、恵まれた自然環境の中で年少から年長まで、子どもたちが伸び伸びと遊べるように配慮されていて、さまざまな遊具も手 作りのものが多く、感心しました。

親子三人が一晩泊まって、次の日、名残惜しくて泣きながら、涼乃は帰っていきました。
なつかしいシーソーでな つかしいシーソーで
園庭の船園庭の 船
   2011年(平成23年)

◆6月19日(日) 六阿弥陀功徳日

 京都市内に阿弥陀仏を本尊とする古寺六か寺を、一日で巡拝する信仰が江戸時代からあります。
1番 真如堂
2番 永観堂
3番 清水寺
4番 五条坂安祥院
5番 新京極安養寺
6番 誓願寺

毎月の功徳日に3年三月(つまり連続して39ヶ月)怠らずお参りすれば、無病息災・家運隆昌・諸願成就して、その功徳を受けること高大であるといわれてい ます。

この日は朝から雨でしたが、阿弥陀堂への参拝者は引きも切らず終日にぎわっておりました。
11時から法要、塔婆回向、そして法話をいたしました。

お堂の前の菩提樹が大きく茂り、無数の花が強い香りをあたりに放っていました。
菩提樹の花菩提 樹の花
大きく茂った菩提樹大きく茂った菩提樹
   2011年(平成23年)

◆6月15日(水) 若狭の西本願寺参拝団 来寺

 西本願寺さんでは開山親鸞聖人の750回忌大遠忌をお勤めになっていて、その参拝団の方が永観堂へもお参りに来られます。

この日は福井県坂井市の円陵組の門信徒の方々330人が、バス8台を連ねて永観堂を参拝されました。
坂井市には丸岡町があり、「日本一短い手紙」で知られた町です。

この組の中に私の大学の10年ほどの後輩で、西陣のお寺で日曜学校活動をしていた多田直子さんが坊守を勤めるお寺があり、そのご縁で永観堂へお参り下さっ たのです。

持つべきは後輩、というよりも、法然・親鸞という師弟のお念仏に結ばれたご縁の深さを、しみじみ有難く感じたことでした。

色濃くなった緑に包まれ初夏の風が吹き抜ける本堂で、みかえり阿弥陀さまの縁起と永観律師についてお話させていただきました。「ようこそ、ようこそ」。
緑に包まれた御影堂緑 に包まれた御影堂
多宝塔も緑の中多 宝塔も緑の中
   2011年(平成23年)

◆6月14日(火) 母校の同窓会 常任理事会へ

 兵庫県立姫路南高校が私の母校です。創立60年が過ぎ、卒業生は2万人を越えました。

同窓会長を引き受けて8年になります。昨年2月に京都の本山に単身赴任して以来、会長としての職責を十分に果たしえず、3人の副会長さんに迷惑をかけてい ます。

年に一度の常任委員会のため京都からもどり、これに出席しました。役員の皆さんとも久しぶりで顔を合わせ、なごやかに議題を審議しました。

母校はいいものです。同窓生もまたいいものです。
校歌の碑(富田砕花作詞)校 歌の碑(富田砕花作詞)
校訓の碑校訓の 碑
   2011年(平成23年)

◆6月13日(月) 白雲塾 再開

 大遠忌の期間中から休んでいた「白雲塾」を5月から再開しています。

随身の顔ぶれが新しくなりました。森(高知)、伊藤・若松(愛知)の三名です。毎週月曜日夜7時から経典の輪読をします。

最初は「観無量寿経」。雑談を交えながら、真面目に楽しくやろうと思います。白雲塾の名前の由来は、管長の居室「白雲居」から名づけました。
右から森・伊藤・若松の三随身生右 から森・伊藤・若松の三随身生
   2011年(平成23年)

◆6月11日(土) お経と法話の会

 梅雨らしい、ぐずついた天気にもかかわらず、今月の法話の会には50人余りの出席者があり、みんなで読経のあと、約80分の法 話。

親鸞聖人の著「高僧和讃」に述べられた法然上人についてお話しました。親鸞聖人が生涯の師と仰がれた「本師源空法然上人」は、阿弥陀仏の化身であると詠わ れています。

師匠の800回忌と弟子の750回忌が、同じ年に大遠忌として厳修されることも、ご縁の深さを感じずにはおれません。
孫と食事(左から涼乃・遥香・和奏)孫 と食事(左から涼乃・遥香・和奏)
   2011年(平成23年)

◆6月8~9日 布教講究所

 夏安居の第二弾は布教講究所。これも二日間の、布教についての研修です。三輪真明所長の指導のもと、布教の理論と実践を学びま す。

 初めての試みとして、布教の実習のあと岸野亮淳講師の指導で二組に分かれてのワークショップ。布教のあり方を忌憚なく討議して、問題点を整理していくと いう授業です。

聞くだけの一方通行の講義の多い中で、全員参加の語り合いによって具体的な技術や方法を見出していくという取り組みです。受講者の意識を高めるのに有意義 であったと思います。

 なお、私は親鸞聖人の著書「高僧和讃」の「本師源空上人」について講義いたしました。
三輪真明所長の講義三 輪真明所長の講義
二班にわかれてワークショップ二 班にわかれてワークショップ
   2011年(平成23年)

◆6月7日(火) 見ごろの花ショウブ

 永観堂の管長役宅は総門から徒歩4分ほどの距離です。役宅の南隣に野村別邸「碧雲荘」の広大な敷地があり、その西門前は見事な花 ショウブが見ごろを迎えています。

余り観光客の入ってくる場所ではないので、いつも独り静かに鑑賞しています。梅雨の晴れ間に見るもよし、雨に濡れた風情もまたよし。

朝の散歩の楽しみなひとときです。
花しょうぶ
花しょうぶ
   2011年(平成23年)

◆6月6日(月) 幼稚園で童話

 今月の童話は「月のうさぎ」。
良寛さんの長歌に詠われた話を題材にして、童話に脚色したものを話しました。

やはり動物のでてくる話は幼児にとっても興味があるのでしょう。
3歳の年少組も静かに聞き入っておりました。
昔昔、狐と猿と兎が仲良く・・・昔 昔、狐と猿と兎が仲良く・・・
静かに聞き入る園児たち静 かに聞き入る園児たち
   2011年(平成23年)

◆6月4日(土) 長岡和慶氏とやすらぎ観音

やすらぎ観音やす らぎ観音(写真集より)

 長岡和慶氏は、日本でもめずらしい石像彫刻の仏師です。

永観堂にもご縁が深く、阿弥陀堂の石段を降りたところに安置されている全長10尺の「やすらぎ十一面観世音菩薩立像」をはじめ、わらべの小径に童地蔵4 体、幼稚園に「地蔵誕生仏」、池の横に「慈悲・智慧地蔵二体」などの作品が納められています。

やすらぎ観音は慈愛に満ちたお姿であり、地蔵像はいずれも可愛く、ほほえましいお姿で、参詣・拝観の方々の心を和ませています。

この度、今までに制作された200体の仏像の作品集が「長岡和慶の世界」という立派な本となって出版され、永観堂前園長の藤賀隆章師ご夫妻とともに、長岡 氏ご夫妻が挨拶に来訪されました。

「仏像には生命が宿り、呼吸をはじめる瞬間があります」「石を彫っていると、仏が見えてくるんです」という長岡氏の言葉から、永年仏像を精魂こめて彫り続 けてこられた氏の情念と感性が感じられます。

大変楽しい歓談のひとときでした。
わたしの右隣が長岡氏わ たしの右隣が長岡氏
製作中の長岡氏(いずれも写真集より)製 作中の長岡氏(写真集より)
   2011年(平成23年)

◆6月3日(金) 平安神宮の薪能

 「京都に初夏の風を訪ねて」というキャッチフレーズで、恒例の薪能が平安神宮で開催されました。夏安居の緊張感から解放され、夕 暮れの平安神宮へでかけたのです。

62回を重ねる今年は「養老」「自然居士」「井筒」「石橋」の能4演目に、狂言「金津」が上演されました。井筒が終わったところで薪への火入れ式があり、 雰囲気は最高潮。

5時30分から9時までの3時間半は、決して長く感じることなく、爽やかな風に吹かれながら幽玄の世界に曳きこまれました。

「命には終りあり。能には果てあるべからず」という世阿弥の言葉を思い起こしながら、能という日本の古典芸能の素晴らしさを、久しぶりに堪能しました。
自然居士自然居 士
茂山宗彦さんも記念撮影のサービス茂 山宗彦さんも記念撮影のサービス
火入れ式火入れ 式
社殿を背景の舞台社 殿を背景の舞台
   2011年(平成23年)

◆6月2~3日 夏安居

 釈尊の時代。インドに雨季があって、この間に小虫が発生して托鉢の道で踏みつける恐れがあるので外出せず、一定の場所にこもって 学問や修行に励みました。

これを夏安居とか雨安居といいます。この伝統が現在も引き継がれていて、仏教教団では6月・7月に各種の研修を行います。

 その夏安居が永観堂で6月2・3の両日行われました。あらかじめ課題が出されていて、この課題に沿って各自研究発表をします。

参加者は全員、涅槃衣という茶色の衣と袈裟を着用して二日間を過ごします。涅槃衣は本来、僧侶の死に装束です。必然的に道場には厳粛な雰囲気がただよいま す。

張り詰めた緊張感の中に身を置くことは、二日間とはいえ僧侶であることの確認でもあるのです。
管長も講義管長 も講義
涅槃衣を着る緊張感涅 槃衣を着る緊張感
   2011年(平成23年)

◆5月31日(火) 正力松太郎賞奨励賞を受賞

壇上で受賞式壇 上で受賞式

 今年度の青少年の教化活動に功績のあった人に贈られる「正力松太郎賞」の奨励賞にえらばれました。(全国青少年教化協議会主催)

その表彰式に出席するため、合掌会の講話の後、急遽、新幹線で東京へ。会場の芝・東京グランドホテルに北林内侍とともに出席しました。

本山に来てからはそれらしい活動をしていないのですが、二十歳の大学時代から50年間、一筋に布教の道を歩んできた、その功績が認められたのですから嬉し いことです。

寺子屋塾をはじめ、テレホン法話、新聞の地方版に8年間、毎月の法話の連載100回、企業・学校・公民館・福祉施設などでの出前説教、喫茶店説法、高齢者 放送大学でのラジオ講話、ホームページの開設と法話の発信などが受賞の理由のようです。

ホームページのブログを持っている管長というのも珍しいことかもしれません。

 鎌倉光明寺の宮林ご法主、鎌倉大仏の佐藤ご住職、パネルシアター創始者の古宇田亮順先生など著名な方々にお会いできたのも嬉しいことでした。

今年の大賞受賞者は福岡で50年日曜学校を続けておられるお寺の坊守さん。引きこもりの少年たちを立ち直らせる活動のNPO法人、自殺防止ネットワークで 自殺志願の青少年に救いの手を差しのべる青年僧。

受賞の皆さんはそれぞれ苦労しながら素晴らしい活動を続けておられるのです。活動の模様を聞きながら情報交換して、有意義な一日を過ごすことができまし た。
表彰後の挨拶表 彰後の挨拶
受賞者の皆さん受 賞者の皆さん
   2011年(平成23年)

◆5月30日(月) 合掌の会の総会と遠忌法要

 浄土宗西山三派の尼僧・女性教師の集まりである「合掌の会」が、4年ぶりに永観堂で総会と会員先亡者追悼会・宗祖の遠忌法要を勤 められました。

三派の宗務総長様はじめ重役方を含めて全国から40数名の会員が出席され、厳粛に法要をされた後、講話をさせていただきました。

尼僧さんが減少するなかで、この会の存在は大変貴重だと思います。
合掌会の役員(私の向かって右が澤田教英会長)合掌会の役員(私の向かって右が澤田教英会長)
   2011年(平成23年)

◆5月30日(月) 大原三千院で御懺法講

 御懺法講は、平安時代の保元2年に後白河法皇が宮中で始めた法要といわれ、明治の廃仏毀釈で途絶えていたのを昭和54年に再興。

以来今年で33年になるそうです。芸能好きの後白河法皇らしく、2時間の法要がすべて声明で構成されている、華やかで美しい法要です。

昨年も参拝させていただいて感動し、今年もご案内があったので出席しました。

小堀光詮門主が大導師として調声を勤められ、三千院一山の僧侶方による魚山声明は、さすがに大原の伝統法要に恥じぬ見事なものでした。
三千院の門前三 千院の門前
導師の小堀ご門跡導 師の小堀ご門跡
法要のあった宸殿法 要のあった宸殿
ご供養の会場・宝ヶ池のホテルご 供養の会場・宝ヶ池のホテル
   2011年(平成23年)

◆5月28日(土) 大覚寺の永代祠堂会

 朝から雨模様でしたが、午後の法要の始まる頃には小降りになりました。

不安定なお天気でしたが、100名余りの参詣者があり、法要のあとで大遠忌の報告と参拝のお礼を申し上げました。

もう住職ではないけれど、生まれ育った寺でご縁の深い檀家の皆さんに会うのは、嬉しいものです。
法要のあと挨拶と法話法 要のあと挨拶と法話
役員会にも出席役 員会にも出席
   2011年(平成23年)

◆5月23日(月) 高橋随身の送別会

 随身として本山に寄宿し4年間、大学に通っていた高橋泰隆君が、3月に卒業し、大遠忌にもしっかり務めを果たして北海道美唄の沼 貝寺へ帰ることになりました。

真面目で几帳面な性格で、しかも責任感あり、将来多くの人々から敬愛される僧侶になってくれることを期待しています。

私にとっても、昨年に赴任して以来、一番世話になった人です。
宝ヶ池のホテルで会食し、その労をねぎらいました。
左端の長身が高橋君左 端の長身が高橋君
   2011年(平成23年)

◆5月22日(日) 網干未来クラブ 来訪

 自坊のある網干で、街の活性化と子どもたちの健全育成に活動しているボランティアグループ「未来クラブ」の会員さんたちが、研修 と親睦を兼ねて永観堂を訪れてくれました。

リーダーの山本剛さんはじめ夫婦での参加も何組かあり、雨に烟る新緑の永観堂の雰囲気を楽しんでいました。郷里からの来訪は嬉しいものですね。
永観堂について講話永 観堂について講話
未来クラブのメンバー未 来クラブのメンバー
   2011年(平成23年)

◆5月20日(金) 恵光寺岸野芳子さんを偲ぶ会

 3月19日に恵光寺寺庭婦人・岸野芳子さんがお浄土に逝かれて2ヶ月。芳子さんを慕う檀家の方々が発起人となって、偲ぶ会が宝ヶ 池プリンスホテルで開催され、これに出席いたしました。

病名を告知されたその日に、着物に着替えて写真館で遺影を撮られたと聞きました。覚悟を定められたのでしょう。寺族の手厚い看護を受け安らかに往生の素懐 を遂げられたようです。

享年62歳。「花に譬えれば白い芙蓉のような女性でしたね」と印象を申しあげました。

音楽が好きでコーラス、声楽、そしてフラダンスを趣味とし、得意の料理で人をもてなすことによろこびを感じるという、天女のような女人でした。

「迦陵院」という院号は浄土の声の美しい「迦陵頻伽」にちなんで住職の亮淳師がつけられたようです。
多くの人に、忘れられない思い出を一杯残して、浄土の人となられました。
コーラスの仲間の合唱コー ラスの仲間の合唱
フラダンスの仲間フ ラダンスの仲間
美しい微笑の遺影美 しい微笑の遺影
亮淳師の挨拶亮 淳師の挨拶
   2011年(平成23年)

◆5月18日(水) 愛知県刈谷市へ

 権大僧正・近藤秀道師の表葬のため、愛知県刈谷へ。

近藤師は遊心寺21世を勤められたあと、衆望をになって檀林祐福寺65世に晋まれ、名刹の復興と宗門の興隆に多大の貢献をされました。世寿90歳。

本山の大遠忌に参拝されるのを楽しみにしておられたが、病のため果たせず、現住職・善恒師が「立派な法要だった」と報告されると、笑顔でうなずかれ大変慶 ばれたと伺いました。

この時期、刈谷に杜若(かきつばた)の群生地があるとか。秀道師、お浄土から眺めておられることでしょう。
これは永観堂の花菖蒲こ れは永観堂の花菖蒲
   2011年(平成23年)

◆5月16日(月) 幼稚園で童話

 3歳児たちが入園してきて1か月あまり、今年度初めての童話の日です。

登園した園児たちは、グランドで体操をしてホールに入ってきます。仏前に合掌し、ののさまの歌を歌って、さあ、童話の時間です。

簡単なゲームをして、今日のお話は「お猿と王様」。仏典のジャータカに取材した物語です。
20分余りの話を一生懸命聴いてくれました。
朝のおまいり朝 のおまいり
昔昔、インドの国に・・・昔 昔、インドの国に・・・
   2011年(平成23年)

◆5月14日(土) お経と法話の会

 いつものように熱心な参加者が60名ほど、会館に参集。みんなで「在家勤行式」のお経を読み、阿舎利餅とお茶で休憩のあと、法話 を聞いてもらいました。

今年は法然上人と親鸞聖人の大遠忌の年でもあるので、親鸞聖人の書かれた「高僧和讃」の中の「本師源空」上人の部分についてお話しました。
桜の残り花桜の 残り花
玄関前の石楠花玄 関前の石楠花
   2011年(平成23年)

◆5月7日(土) 鼓童のコンサート

 佐渡を拠点とする太鼓集団「鼓童」の演奏会にいきました。
結成以来30年。

「太鼓と向き合い、ひたむきに打ち込み、伝達しようとする音(共振)が、人々を無条件に原始の記憶に回帰させ浄化する。ただ一途に魂を込めた響きだけが世 界中の観客の心に届くのです。」

鼓童の演奏をみるのはこれが三度目ですが、燃え立つような生命の力を感じさせる太鼓の音に、力強い勇気や希望を与えられます。
会場の京都会館会 場の京都会館
鼓童のポスター鼓 童のポスター
   2011年(平成23年)

◆5月5日(木) 網干の花まつり

 本来4月8日である花まつりを、網干仏教会では5月5日に行います。釈尊のお誕生をお祝いするだけでなく、子どものすこやかな成 長を祈るためもあって「こどもの日」に開催します。

 朝7時45分に沖浜地区のこどもたち100人余りが大覚寺に集合。役員さんに先導されて、白象を引張ります。

「昔も昔三千年」という懐かしい「花まつり行進曲」とともに訳1時間かけて興浜を巡行し、揖保川を渡って浜田地区の子ども会にバトンタッチします。

こうして大橋町-垣内-大江島新在家とそれぞれの子供会に引き継がれ、午後2時頃に大覚寺に戻ってきます。60年以上続く網干の伝統行事なのです。

 大覚寺では興浜の子どもたちに法話をしたあと、ゲームと紙芝居で楽しみ、花御堂のお釈迦様に甘茶をそそぎ、お誕生をお祝いします。

午後は「ふるさと交流館」で法要のあと、京都西陣病院の「わらじ医者」早川一光先生の講演がありました。
朝8時、白象行進が大覚寺を出発朝 8時、白象行進が大覚寺を出発
興浜の町並みを白象が行く興 浜の町並みを白象が行く
子どもたちに法話子 どもたちに法話
お釈迦さまに甘茶を注ぐ子どもたちお 釈迦さまに甘茶を注ぐ子どもたち
   2011年(平成23年)

◆5月3日(火) 新緑の境内

 大遠忌が無事終わって、後片付けもすべて終わり永観堂は平常の静けさに戻りました。が、季節の移ろいは早く、境内はむせかえるよ うな青葉若葉につつまれています。

気温も急上昇して、すっかり初夏の趣です。二体のお地蔵様が青葉風にそよぐ鯉のぼりを静かに見ておられました。
楓の花楓の花
鯉のぼりとお地蔵さま鯉 のぼりとお地蔵さま
   2011年(平成23年)

◆5月1日(日) 宗祖八百回大遠忌・満座

 4月25日から1週間の大遠忌法要は、連日ご影堂一杯の参詣を迎えて遂に最終日となりました。この50年に一度の大法要の導師を 勤めるために管長に推戴された感無量なるものがあります。

以下、中外日報の記事を引用します。

 1日午後の満座法要では、講讃導師の久我宗務総長が特に法要の満座を告げる「講讃乃疏」を読み上げ、念仏門のさらなる興隆への決意を誓った。

さらに中西法主が御影堂前の角塔婆と法然上人御影の御手を結ぶ五色の糸に据えられた熨斗に手を合わせて総回向文を唱え、1週間にわたる大法要を締めくくっ た。

 期間中はこのほか、各法要の最後に東日本大震災の犠牲者に追悼の十念が捧げられた。

中西法主は各法要での垂示で「仏教では自然災害や戦争などで亡くなられた方を犠牲者や物故者でなく、『代受苦者』と呼ぶ。

本来なら私が受けていたかもしれない苦しみを、東日本の方々が受けている」と説き、被災者への同悲を強調。
 
 1週間にわたる大遠忌を振りかえり、「無量寿経では『和顔愛語』に続き『先意承問』と説かれている。先方の意見を承った上で相手の身になって問いかける 心。

これがあって初めて笑顔や優しい呼びかけが、その人の心遣いが思いやりになって現れてくるのではないか。それを皆さんに伝えたかった」と語った。(以下 略)

ともあれ、全国から参詣された7400人の檀信徒とともに、法然上人への報恩感謝の念仏を共に唱えることができたことを、素直に喜んでいます。
最後の法要にいざ上堂最 後の法要にいざ上堂
満堂の参詣者満 堂の参詣者
熨斗を両手に念仏回向熨 斗を両手に念仏回向
法要終わって最後の法話法 要終わって最後の法話
   2011年(平成23年)

◆4月25日(月) 宗祖八百回大遠忌始まる

 (中外日報の記事より抜粋)

 禅林寺派の大遠忌法要は25日午前10時半からの開闢法要で始まった。

満堂の檀信徒が見守る中、荘厳衣をまとった式衆約30人が御影堂の回廊をおごそかに練り、中西法主がご影堂前の角塔婆を開眼。

引き続き昇殿して堂内を行道した後、着座した中西法主が恭しく「開闢の疏」を読み上げた。また、東日本大震災の犠牲者に追悼の十念が捧げられた。

 法要後の垂示で、中西法主は「仏教では自然災害などで命を落とされた方を『代受苦者』と呼ぶ。本来なら私が受けていたかもしれない苦しみを、今回、東日 本の方々が受けている。

そう思うと、とても人事とは思えない。せめて私たちに出来ることは、そういう方々の悲しみに寄り添い、同じ悲しみを共に心に受け止めること。

その上で、法然上人の八百回大遠忌をお勤めするにつき、今、私がここにいるということ、今生きているということ。その意味をしっかり心に刻み、一人でも多 くの方の幸せに繋がるような生き方をしなくてはならない」と説いた。

また、この開闢法要には法主の自坊の大覚寺から135名が団体参拝した。
大遠忌法要始まる大 遠忌法要始まる
開闢の疏を拝読開 闢の疏を拝読
満堂の参詣満堂 の参詣
参拝者に垂示を述べる参 拝者に垂示を述べる
   2011年(平成23年)

◆4月24日(日) 青年僧の逮夜法要

 いよいよ大遠忌を明日に控え、その前夜祭ともいうべき「逮夜法要」が全国青年会の青年僧によって厳修されました。

「如法念仏」という古来わが宗派に伝わる声明を研究復元して、黒衣・如法衣での厳粛な法要となりました。

その後、管長を導師に宗務総長、各部長ともども日没礼讃の勤行をつとめ大遠忌の幕は切って落とされた。
青年僧による黒衣の法要青 年僧による黒衣の法要
総長・部長出仕のもと日没勤行総 長・部長出仕のもと日没勤行
   2011年(平成23年)

◆4月23日(土) 御影堂前に角塔婆立つ

 御遠忌法要を二日後に控え、御影堂前に長さ6mの角塔婆が立てられました。

なにしろ苦労して書いただけに、実際に立ってみると嬉しいものです。

誰も褒めてくれないので、自画自賛。「よく書いた! 立派!」
奉修宗祖圓光明照和順法爾大師八百回大遠忌上酬慈恩奉修宗祖圓光明照和順法爾大師
八百回大遠忌上酬慈恩
奉修宗祖圓光明照和順法爾大師八百回大遠忌上酬慈恩奉修宗祖圓光明照和順法爾大師
八百回大遠忌上酬慈恩
   2011年(平成23年)

◆4月22日(金) 法隆寺・聖霊会

 聖徳太子が薨去されて(622)、本年は1390年忌にあたり、「聖霊会」(舞楽法要)を厳修されるというご案内をいただきまし た。十年に一度巡ってくるこの法会に北林内侍とともに参列しました。

午前9時、古式豊かな行列が夢殿を出発し、中門へ到る巡行は古代大陸の文化を再現する華やかな絵巻でした。

大講堂前に設けられた舞台で演じられた舞楽は、中国や朝鮮半島から伝来した装束そのままに、1300年の伝統をもつ雅楽とともに現在、世界の最も古典的か つ貴重な芸能の一つといわれています。

式の途中で雨になり、残念ながら一部略されましたが、全員で般若心経を読誦し聖徳太子の偉業を偲びました。
古式豊かな庭儀式(お練)古 式豊かな庭儀式(お練)
各宗派の来賓各 宗派の来賓
華やかな舞楽華 やかな舞楽
法隆寺・中宮寺・斑鳩寺・叡福寺の僧侶方の法要法隆寺・中宮寺・斑鳩寺・叡福寺の僧侶方の法 要
   2011年(平成23年)

◆4月20日(水) 「親鸞展」へ

 浄土真宗の開山・親鸞聖人の750回忌を記念する「親鸞展」が、京都市美術館で開催されているのを見にいきました。

聖人の肖像画として「国宝・鏡の御影」「熊皮の御影」や著書である「教行信証」「三帖和讃」など、いずれも普段眼にすることのできない貴重な文化財が出展 されていました。

19日に開催されたばかりで拝観者も少なく、ゆっくり見ることができました。
「親鸞展」の看板「親 鸞展」の看板
京都市美術館京 都市美術館
   2011年(平成23年)

◆4月18日(月) 大師号拝受奉告式

 法然上人は元禄10年に東山天皇から「円光大師」という大師号を下賜されたのがはじまりで、五百回忌には中御門天皇から「東漸大 師」を加賜さ れ、以後五十年ごとに「慧成」「弘覚」「慈教」と時の天皇から追贈され、七百回忌には明治天皇から「明照」、昭和天皇から「和順」の号が下賜されていま す。

 今回、八百回忌に際して、今上天皇様から「法爾大師」の号が下賜されました。八人の天皇様から大師号を贈られた宗祖は法然上人だけです。浄土一門にとっ て喜ばしく名誉なことです。

その「拝受奉告式」が知恩院でおこなわれ、浄土宗西山三派の管長・芝の増上寺・百万遍知恩寺・黒谷金戒光明寺・清浄華院・久留米善導寺・鎌倉光明寺の各法 主様方と列席し、ともに喜びを分かち合いました。
控の間で管長・法主様方と控 の間で管長・法主様方と
御影堂へ入堂御 影堂へ入堂
伊藤唯真門跡を導師として奉告法要伊 藤唯真門跡を導師として奉告法要
正面にて献香正 面にて献香
   2011年(平成23年)

◆4月17日(日) 「法然 生涯と美術」展

 京都国立博物館で開催中の「法然」展に行きました。上人の八百回忌記念特別展と銘打った催しは、期待に違わず豪華なものでした。

ポスターには「鎌倉仏教のトップランナー・法然」とありますが、ヨーイドン、で一斉に走り出して法然がトップになった、というのではなく、人々の平等の救 済のために専修念仏を称え宗教改革を成し遂げた最初の宗祖、それが法然上人なのです。

なかでも、法然伝記の集大成ともいえる国宝「法然上人絵伝」四十八巻のうち、實に二十八巻が公開されているのです。その配列も工夫されていて、見やすくわ かりやすい展示になっていました。

禅林寺からは国宝「山越阿弥陀図」をはじめ、国宝「蓮華文磬」、重文「十界図」や「宝珠舎利容器」などが出品され、花を添えていました。

期間中、もう一度みたいと思っています。
京都国立博物館入口京 都国立博物館入口
博物館の正面博 物館の正面
   2011年(平成23年)

◆4月14日(木) 永観堂の桜

 紅葉で知られた永観堂ですが、わずかながら桜もあるのです。

これがまた、なかなかの風情なのです。ぜひ一度お訪ねください。

桜花びら散るまえに、咲いているうちに。
御影堂前の桜御 影堂前の桜
多宝塔と桜多宝 塔と桜
総門右の紅しだれ総 門右の紅しだれ
中門前の白八重桜中 門前の白八重桜
   2011年(平成23年)

◆4月11日(月) 東寺の桜

花の雲に包まれた金堂花 の雲に包まれた金堂

 名神京都南で下りて国道を北に向かうと、東寺に行き当たります。ふと思いついて久しぶりに東寺さんにお参りしました。

折から境内の巨大な紅しだれを始め、桜満開。ここは知られざる桜のスポットです。

 五重塔から金堂・講堂を参拝しましたが、特に講堂は弘法大師が立体曼荼羅を現出したといわれる通り、如来・明王・菩薩の仏像群は圧巻です。

すべて国宝の名に恥じぬ見事な表現に、しばし現世を忘れ曼荼羅の世界にひたっておりました。

ひときわ見事な紅しだれひ ときわ見事な紅しだれ
東寺のシンボル・五重塔東 寺のシンボル・五重塔
   2011年(平成23年)

◆4月10日(日) 平安神宮の夜桜コンサート

神苑に一歩入れば夜桜お七になる神 苑に一歩入れば夜桜お七になる

 今年もこの桜に出会うことができました。毎年行われる夜桜コンサートも今年は今夜が最終回。

ギター演奏のアルハンブラを聴きながら、芭蕉のように夜もすがら池を巡っていたい、幻想的な夜桜です。

ライトアップされた紅しだれは、より一層あでやかに、池に映ったシンメトリックな花影とともに、倍の花の量となって神秘的な空間に魂を遊ばせることができ ます。

この世のさまざまな悪しき出来事をすべて忘れさせるひとときでした。

この景色、日本一!こ の景色、日本一!
朱の色鮮やかな社殿と左近の桜朱 の色鮮やかな社殿と左近の桜
   2011年(平成23年)

◆4月10日(日) 遥香の入学

 6人の孫のうち、三女志織の次女・遥香が旭陽小学校に入学しました。おじいちゃんがいる間に、とランドセル姿を見せにきてくれま した。長女和奏(写真右)は四年生。

次女松瀬由起子の娘・涼乃は網干幼稚園の年長組になりました。松瀬一家三人は四月から大覚寺に同居することになりました。
右から和奏・涼乃・遥香と老犬ダイちゃん右 から和奏・涼乃・遥香と老犬ダイちゃん
春山は笑う。わが故郷の春景色春 山は笑う。わが故郷の春景色
   2011年(平成23年)

◆4月9日(土) お経と法話の会

 弟子の末吉信禮が宗派の全国青年会会長・猪沢良秀師や兵庫青年会の仲間の合計6名で、被災地の岩手県陸前高田市へ支援活動に赴き ました。

5日の午後龍野を出発、片道1200kmを15時間かけて6日早朝目的地に到着。

3台の車に積み込んだ100食分・5回の炊き出しを行い避難所の皆さんに提供し、開いている時間に遺体安置所をまわり読経回向をしてきた体験を報告してく れました。

16年前の被災地兵庫県から6人の僧侶が救援にかけつけたことが、特にこの度の被災者の皆さんに喜んでいただけたようで、法話の会の皆さんも感銘を受けて おられたようです。

これを皮切りにわが宗門でも、息の長い支援活動を続けねばならぬと思うのです。
雪柳の咲く山門付近雪 柳の咲く山門付近
境内は桜満開境 内は桜満開
   2011年(平成23年)

◆4月8日(金) 京都仏教会の花まつり

 京都仏教会の「おしゃかさまをたたえる夕べ」が市内のホテルで開催されました。

この日招待された350人が、東日本大震災の犠牲者に黙祷を捧げたあと、黄檗宗の岡田管長の導師により万福寺一山出仕の法要中、有馬頼底理事長についで花 見堂に潅仏いたしました。

記念講演は大阪の釜ヶ崎で労働者の生活相談と支援活動を32年間続けておられるケースワーカーの入佐明美氏が「地下足袋の詩」と題して講演。尊い菩薩行に 感動いたしました。

私も乾杯の挨拶を求められ、「被災した代受苦者に仏教徒としてなにができるか。今こそ自分の幸せを後回しにしても、今苦しんでいる人のための同悲の心と菩 薩行が必要」と述べました。

同じテーブルの門川市長や有馬理事長、大野玄妙法隆寺管長、岡田亘令万福寺管長とも意見を交換し、大変意義のある「花まつり」の夕べをすごさせていただき ました。
花御堂に甘茶をそそぐ花 御堂に甘茶をそそぐ
入佐明美氏の講演入 佐明美氏の講演
各界の招待者350名各 界の招待者350名
乾杯の挨拶乾杯 の挨拶
   2011年(平成23年)

◆4月7日(木) 大遠忌を前に永代祠堂法要

 例年、御忌の最終日に行われる永代祠堂と納骨回向は、大遠忌中にはできないのでこの日、午前と午後の二回に分けて勤めました。

それぞれ本堂一杯の参詣者がお参りされ、大遠忌に向けての気分も次第に盛り上がってきました。
30数名の住職方と30 数名の住職方と
法要の後のミニ法話法 要の後のミニ法話
   2011年(平成23年)

◆4月5~6日 大阪と姫路で新入社員研修に出講

 毎年この時期、大阪と姫路で新入社員の合同研修会で講演します。

今年は特に「命」と「いかに生きるか」を主眼に話をしました。

おおきな災害のあとだけにそれぞれなにかを感じてくれたようです。
新大阪駅前のホテルで新 大阪駅前のホテルで
姫路商工会議所で姫 路商工会議所で
   2011年(平成23年)

◆4月4日(月) 法脈相承、無事満行

 3月25日から始まった法脈相承(加行)は、一人の脱落者もなく伝法・伝戒を終え、無事に満行の日を迎えました。

今年は初日から雪が降り、4月に入っても早朝の気温は4度を越えず、行人には過酷な修行でしたが、かえってそのために達成感は大きいと思います。

感想文の中から一部分を紹介します。

「自分一人が”生きる”ということはどういうことなのか。加行はそういった机上の学習ではなかなか実感できないことを、身をもって体感する場であった。

この11日間の加行を受けただけで偉そうにいえるわけではないが、ただ仏教とは、なにも難しい概念的な話ではなく、宗教という枠組みを越えて、我々の日常 生活そのものであり、仏教的なものの考え方は非常に普遍的なものだと感じたことは確かだ。

ご法主猊下のお話の中にも、仏教とは「Thannk  you]「I'm  sorry」「I love you   」だという話が出てきた。そういわれると、何も難しく考える必要はないのだと、肩の荷がすっと降りた気がした。

これからは僧侶として、日々仏道に精進することで、加行を通じて得られたそれらの気付きを、教化というと恐れ多いが、より多くの人と共有していければ、と 思う次第である」   大塚靈閑
22人の加行人と本山関係者22 人の加行人と本山関係者
祝膳に着く。正座がまだ痛そう祝 膳に着く。正座がまだ痛そう
   2011年(平成23年)

◆4月1日(金) 姫路善導寺の輪番法要に参拝

 兵庫県播州地方の浄土宗西山禅林寺派26か寺で「善導忌」法要を輪番制で勤められます。
今年の輪番は姫路の善導寺。

片岡慈戒前住職が遷化されたあと、3年あまり兼務住職をさせてもらったご縁もあり、文化センターでの講演後、石見市長と会食して、そのまま善導寺へ向かい ました。

私の弟子でもあった下田現住職は、境内諸堂を見事に整備し、今日の晴れの日を迎えたのです。荘厳な伝統法要を本堂余間で参拝しつつ、思わずこみ上げてくる ものがありました。

参詣の方々にご挨拶しながら、どこかで慈戒上人がほほえみながら見守っているにちがいない、と感じたことでした。
内仏間で下田夫妻と片岡澄子夫人内 仏間で下田夫妻と片岡澄子夫人
   2011年(平成23年)

◆4月1日(金) 姫路市制式典で講演

 明治22年4月1日に姫路市となって今年で122年。毎年4月1日には市制記念式典が行われ、市に多大の貢献をされた人に市長が 感謝状を贈ります。

その後の記念講演を依頼され、市の文化センターへ向かいました。400人の聴衆があり、如水と名乗った黒田官兵衛にちなみ、「水五則」~水に学ぶ人生~と 題して1時間お話しました。

 水は豊かな恵みをもたらし多くの命を育むと共に、ひとたび荒れると津波となって街を破壊し、命を奪うこともあるのです。

恩恵と脅威と。恵みには感謝を、脅威には自然を侮らない謙虚さを、忘れてはならないのです。
ステージの横には手話通訳の方がス テージの横には手話通訳の方が
400人を越す聴衆400 人を越す聴衆
   2011年(平成23年)

◆3月31日(木) 誕生日のお祝いを京都で

 私の70歳の誕生日のお祝いを京都でやろう、ということで娘三家族が打ち揃い市内のレストランで食事会をしました。

この朝、新潟の長岡から車で夜通しかけてやってきた春日一家と孫全員が顔を揃え賑やかな会となりました。三月生まれが4人いるため、合同の誕生会でもある のです。

また一回り大きくなった孫たちに囲まれ、爺と婆の至福のひと時でした。みんな、ありがとう!
六人の孫たち六 人の孫たち
勢ぞろい中西一家勢 ぞろい中西一家
   2011年(平成23年)

◆3月31日(木) 角塔婆を書く

 大遠忌のような、何十年に一度という大法要のときは、本堂の前に角塔婆を立てます。

昨年11月の永観律師900回法要の時も、阿弥陀堂の前に立てる角塔婆に梵字や文字を書きいれました。
今回はそれよりも長い角塔婆が用意されました。

全長6M.幅21cm.これに文字を書き入れるというのは、大変気苦労な作業です。文字の大きさや配置を決めまっすぐになるよう書かねばなりません。

悪戦苦闘しながら、一日がかりでようやく書き上げることができましだ。それにしても管長一代で二本の角塔婆を書く、というのは稀有なことです。

ご縁に恵まれたことを喜んでいます。もうちょっとマシにかけたらなあ(と溜息)
角塔婆に挑戦角塔 婆に挑戦
   2011年(平成23年)

◆3月29日(火) 加行④管長の講義

 加行の長い歴史のなかで、今回初めて行われたのは、伝法・伝戒に備えて管長自らが講義をしたことです。

伝法という限られた時間のなかでは、十分に説明できないので、北林行監督に頼み、特別に五日間(一回90分を5回)浄土宗の信心の根本と戒律について講義 をするのです。

行人の感想文を一つだけ紹介します。

「管長さんから帰依する対象としての『両足尊』のお話をいただきました。初めて知ることばかりで、なるほどと思うことの連続でした。

落語風に話してくださったので、登場人物が目の前にあらわれてくるようでした。ラストの、面接のこととお母さんの足を洗う場面では、ついついジーンとして しまいました。

お経のみならず、このようなお話もとても人の心の支えになるのだと感じました。加行で精神面が弱くなっていますので、また有難いお話を伺うことができたら と思います。」
ユーモアを交えての講義ユー モアを交えての講義
22人の行人を前に述べ8時間の講義22 人の行人を前に述べ8時間の講義
   2011年(平成23年)

◆3月28日(月) 行見舞い

 厳しい修行をしている行人を励ますために、家族・檀信徒・友人などが訪れます。

この日は加古川・圓福寺の住職、富永真光師が家族総出で見舞いにきてくれました。

若い女性の見舞いに、行人も喜んだことでしょう。
行見舞いの圓福寺一家行 見舞いの圓福寺一家
   2011年(平成23年)

◆3月26日(土) 加行②朝の水行

 二日目の朝3時半起床。この日は朝から雪混じりの雨でした。気温ゼロ度。11日間で最も厳しい条件の中での水行でした。

寒さと自分の忍耐力との戦いなのです。この日は結局、午前10時も午後3時も、気温はそれほどあがりませんでした。

 日中・日没の行には行人の家族や総代、宗派の職員などの立会い者が少なくともありますが、朝が早いせいか、午前4時の水行に立ち会う人はほとんどありま せん。

本当は気合を込めて水行に打ち込んでいる彼等の、朝の真剣な姿を見てほしかったのですが。
大きな水桶をはさみ二列に並ぶ大 きな水桶をはさみ二列に並ぶ
ひしゃくで二杯、試み水を胸にかけるひ しゃくで二杯、試み水を胸にかける
気合とともに一気にかぶる気 合とともに一気にかぶる
体温が奪われ湯気が立ち上る体 温が奪われ湯気が立ち上る
   2011年(平成23年)

◆3月25日(金) 法脈相承(加行けぎょう)始まる

 京都に春を告げる永観堂の加行が始まりました。僧侶になるための修行です。どの道でも修行は厳しいものですが、この加行という僧 侶になるための修行も、かなり過酷です。

今年は例年になく17歳から58歳まで22名の雛僧が、行を受けています。長髪を切り頭をくりくりに剃りあげて、3時からの水行から始まりました。

行場で手桶の水を頭から浴びる行です。彼岸明けとはいえ、まだ寒さ厳しい吹きさらしの行場で、水をかぶるのは余程の覚悟でないと堪えられないのです。

こうして身を清め、黒衣に袈裟を着け、御影堂にて2時間ほどの勤行に集中するのです。これが11日間続きます。
いざ、水行の場へい ざ、水行の場へ
白衣の中は下帯ひとつ白 衣の中は下帯ひとつ
経文とともに一気に水を浴びる経 文とともに一気に水を浴びる
黒衣に着替え本堂で2時間の勤行黒 衣に着替え本堂で2時間の勤行
   2011年(平成23年)

◆3月25日(金) 少年少女宿泊研修会で

 毎年春休みに、本山で新小学お釈迦さまの紙芝居をみてもらい、なぜ、おしゃかさまが出家されたのか、命を大切にする、というのは どういうことか、をお話いたしました。

果たして、思いが伝わったか、どうか?
おしゃかさまの紙芝居お しゃかさまの紙芝居
熱心に話を聴く受講生熱 心に話を聴く受講生
   2011年(平成23年)

◆3月24日(木) 大覚寺の御忌会

 春彼岸最後の「結願」の日です。毎年この日が大覚寺の御忌会です。彼岸も終わりというのに、朝から寒い一日でした。それでも多く の檀信徒の方々にお参りしてもらいました。

法話は龍野恩徳寺住職・猪沢良秀師。将来を嘱望されている新進の布教師でもあります。
本堂一杯の参詣者本 堂一杯の参詣者
中西玄晃住職と網干の組寺のご住職中 西玄晃住職と網干の組寺のご住職
   2011年(平成23年)

◆3月21日(月) 70歳になる

 生まれて70年生きたかと思うと、感無量ですね。これで母親の年齢に達しました。子どもの頃「あんたはお大師さんの生まれ変わり やから、ええお坊さんになるんやで」といわれたことを思い出します。

弘法大師は3月21日がご命日なのです。
お大師さんもきっと苦笑しておられるでしょう。「まだまだじゃ!」

孔子は七十歳を「心の欲するところに従えども矩(のり)を踰えず」といい、従心と呼んでいます。自分の思うような生き方をしても、道を踏み外すことのない ように、という意味です。はてさて?

 誕生日の夜に一人で食事というのも淋しいので、随身(本山に泊り込みで修行と雑用をしている若い僧侶)三名をつれて、南禅寺にある湯豆腐の店「順正」へ 食事に行きました。
左から高橋・森そして井上の随身生左 から高橋・森そして井上の随身生
順正の門の前順 正の門の前
   2011年(平成23年)

◆3月11日(金) 関東・東北大震災

 海に囲まれた火山列島日本に、いつ、どこで、どんな災害が起きても不思議ではないのだが、M9.0の巨大地震と二次災害である津 波のため想像を絶する大災害がおきました。

犠牲になられた多くの方々の冥福を、切に祈らざるをえません。

 仏教では、自然災害を受けられた犠牲者を「代受苦者」といいます。自分の代わりに苦しみを受けて下さった人々、という意味です。

今回は地震の震源地が宮城県沖であったので、太平洋側の東北地方が主な被災地となったのですが、これが南海沖や山崎断層が震源地であれば、大覚寺のある網 干は確実におおきな被害を受けているでしょう。

私が受けていたかもしれぬ苦しみを、今回、関東・東北地方の人々が代わって受けられた。そう思うと、人事ではすまされないのです。

 今、自分になにができるか。 宗派として、どう対処すればいいか。

宗務所とも協議し、即時に全国のこの宗派の末寺に対して義捐金の要請をしました。個人としても新聞社を通じて救援金を寄託いたしました。

本山の受付で拝観者の方々に義捐金の協力を呼びかけ、私の著書や色紙を買っていただいた売上金のすべてを被災地に送ることにしています。

宗派の京都布教団や青年僧の有志が、四条大橋に立って募金の活動を始めています。朝夕の勤行で、代受苦者の冥福を祈り回向をしています。

被災地だけでなく、日本中がこれから復興に向けての長い取り組みになることでしょう。
   2011年(平成23年)

◆某月某日  忙中閑あり

 坂本冬美さんのファンだと知っている友人が、彼女のコンサートのチケットを送ってくれました。会場の京都会館は、永観堂から目と 鼻の先。徒歩10分の距離です。

そんな近くまで冬美チャンが来てくれるのなら、行かぬわけにはいかぬ。京都会館は私が学生のころにオープンして、今年で50周年とか。

あの頃、劇団民芸の舞台などを数回見にいったことがあります。が、歌謡曲の舞台は初めてです。わくわくしながら会場に入ると、なんと前から10列目の中央 の席。

二時間、冬美ワールドにたっぷり浸ってまいりました。もちろん「凜として」という歌は、私一人のために歌ってくれたのだ、と思っているのです。
会場の京都会館第一ホール会 場の京都会館第一ホール
この写真はポスターの転写こ の写真はポスターの転写
   2011年(平成23年)

◆3月9日(水) 「合掌の会」の尼僧さん来山

 浄土宗西山三派の尼僧さんの会を「合掌会」といいます。お寺の奥さんが僧侶の資格をとって、有髪のまま衣を着てお参りされる姿を 見受けますが、本物の尼僧さんがめっきり少なくなりました。

 五月末日に永観堂で合掌会の尼僧さんが「法然上人八百回大遠忌」の法要を勤めるので、その後管長に法話を、というお願いの来山でした。

もちろん、他に重要な公務が出来しなければOK,と快諾いたしました。日本の仏教界の眼に余る俗化を、かろうじて尼僧の存在がくい止めている、と私は思っ ているのです。
合掌会の澤田会長と役員さん合 掌会の澤田会長と役員さん
   2011年(平成23年)

◆3月4~6日 愛知浄久寺さんの五重相伝会に親教

中央左が加藤住職、右が伊藤師中 央左が加藤住職、右が伊藤師

 浄土宗が古来、伝統法要として最も大切な別時念仏の法要を「五重相伝会」略して五重といいます。管長になって初めて五重の伝燈師として愛知県みよし市の 浄久寺さんへ出講しました。

一昨年四月に津島の宝泉寺さんで五重が勤修され、ここで始めて伝燈師を勤めました。この時「説教師」を住職の伊藤信道師がされ、伝燈師中西、説教師伊藤の 同じコンビがこのたびの浄久寺さんでもあい勤めることとなりました。

 伝燈師は釈尊以来、相伝されてきた念仏の肝要を五つの段階にわけて受者である檀家の方々に伝える役目があり、説教師は五つの重要な項目をわかりやすく説 法解説するのが役割です。

 浄久寺さんは今年1月に「お待ち受け法要」を勤められ、その時の感動があって、なんと今回240名の受者がこの得がたい法縁を結ばれました。

初日から三日間、欠席される方がほとんどなく、伊藤信道師の懇切で感動的な説教と、受者の指導をされる配役の僧侶がたの熱意のため日増しに盛り上がり、最 終日の「正伝法」で最高潮となり、無事最後に念仏信仰の証である血脈と、法名を授け終わりました。

 住職して以来三度目の五重を開筵された加藤俊直師の熱意が、みごとに実を結んだ立派な五重相伝でありました。
五重相伝の始まり五 重相伝の始まり
伝燈師の装束・涅槃衣と二十五条の袈裟伝 燈師の装束・涅槃衣と二十五条の袈裟
法を伝えることを要請される加藤師(乞法)法 を伝えることを要請される加藤師(乞法)
五つに分けて念仏の肝要を説く
五つに分けて念仏の肝要を説く
   2011年(平成23年)

◆3月3日(木) ひなまつりと紙芝居

 永観堂幼稚園で今年度最後のお話の日は「ひなまつり」でもありました。年長組は17日が卒園式。私の話を聴く最後の日です。

「お茶つぼ」のゲームをしてなごやかになったところで、本日の出し物は紙芝居「泣いた赤鬼」。浜田広介さんの名作です。自分よりも友達のしあわせを大切に する青鬼の友情。友の情けに泣く赤鬼。

小学校に行っても良い友達にめぐりあってほしいと願いながら、熱演しました。
合掌してお参り。おひなさまも見てる合 掌してお参り。おひなさまも見てる
この明るい表情こ の明るい表情
熱演の舞台裏熱 演の舞台裏
園には立派な紙芝居の舞台があります園 には立派な紙芝居の舞台があります
   2011年(平成23年)

◆2月28日(月) 姫路南高校卒業式

 同窓会会長には、卒業式に招かれ祝辞を述べるという任務があります。今年も第60回卒業式に参列し、祝辞を述べました。

第1期生以来、今年の60期生233名で卒業生は2万人を越えました。名実ともに伝統校なのです。
卒業式の式次第は開校以来変わらず、国家や校歌はモチロン、仰げば尊し、蛍の光も歌うのです。

特に校歌を生徒全員が歌詞も見ず、3番まで見事に歌いきるのです。涙があふれました。いつの年にも増して感動的な卒業式でした。
同窓会長の祝辞同 窓会長の祝辞
   2011年(平成23年)

◆2月25日(金) 知恩院伊藤ご門主の晋山式

入堂。井ノ口誓願寺管長、私、安原東本願寺宗務総長入堂。井ノ口誓願寺管長、私
、安原東本願寺宗 務総長

 宗祖法然上人八百回大遠忌の開闢を3月27日に控えた知恩院さんで、伊藤唯真ご門跡の晋山式が挙行され、永観堂を代表して久我宗務総長と列席いたしまし た。
 
 伊藤上人は浄土宗の大本山である清浄華院のご法主でした。昨年2月に永観堂に赴任した私は、ご挨拶のため清浄華院をお訪ねし、伊藤ご法主とお会いしまし たが、気さくに応対して下さったその暖かいお人柄に接し、「今法然」と尊称されておられるのも道理、と感じいったことでした。

 広い御影堂の内陣・外陣を埋め尽くした多くの僧俗に迎えられ、入堂されたご門跡は力強く晋山の䟽を読み上げられ、厳粛に式を厳修されました。

 午後の都ホテルでの祝宴では、伊藤ご門跡と同じテーブルで、森清水寺貫主、大野法隆寺管長、菅原妙法院門跡、西村西教寺管長、岩田光明寺管長など来賓の 上人と同席し、楽しく会談させていただきました。

そして、この同じ会場で去年の四月に私の晋山祝宴を開催したときの華やぎを思い起こしておりました。
華やかな晋山の儀式華 やかな晋山の儀式
各宗派の法主・管長・総長などの来賓席各 宗派の法主・管長・総長などの来賓席
祝杯(中央が伊藤ご門主、向かって左が中西)祝杯(中央が伊藤ご門主
、向かって左が中西)
右から奥田四天王寺・大野法隆寺・森清水寺・岩田光明寺
右から奥田四天王寺・大野法隆寺
・森清水寺・岩田光明寺・各管長猊下)
   2011年(平成23年)

◆2月24日(木) 塔本シスコ展へ

 塔本シスコ七回忌展の案内状をいただきました。初めて見るお名前でしたが、パンフレットに載せられた絵に魅せられて、会場の 「ギャルリー宮脇」(寺町二条上がる)に行きました。

 この人は1913年熊本に生まれ、父親がサンフランシスコに憧れていたので「シスコ」と名づけられたといいます。二十歳で結婚し塔本姓となるが、46歳 で夫と死別、自身も軽い脳溢血で倒れ、リハビリも兼ねて絵を描くようになったのが53歳。2005年に92歳の生涯を閉じるまで絵を描き続けたそうです。

会場のギャラリー主・宮脇豊氏は次のように解説しておられます。
「純粋な心の画家、塔本シスコが描く絵画は、老境にあって子供が描いたかのように天真爛漫だ。しかし、その内奥には、長い人生のうちに沈潜した深い意味が 込められている。

幾多の喜怒哀楽をかみしめ、自然の摂理もよく知った86歳のシスコが、幼い5歳のシスコを抱いているという、その突拍子もない自画像に、誰もが共有する普 遍の記憶が宿っている」

生きていることの素晴らしさを、時間をかけて丹念に描かれた作品から感じることができます。この作品群には、人を元気にする不思議な力がありました。
ユスラウメちぎりユ スラウメちぎり
5歳のシスコを抱いている86歳のシスコ5 歳のシスコを抱いている86歳のシスコ
   2011年(平成23年)

◆2月22~23日 第102宗会

 我が宗派の第102宗 会が22,23の両日召集され、23年度の事業案と予算案などの議案がされて、いずれも可決承認されました。

開会・閉会式が釈迦堂で行われ、18名の議員さんに管長としての垂示を述べました。

二ヵ月後に迫った宗祖の大遠忌を一宗挙げて円成させるために、各地方の選良である議員諸師の熱意とリーダーシップが必要であることを強く要望いたしまし た。
本山の宗務当局と議員諸師本 山の宗務当局と議員諸師
   2011年(平成23年)

◆2月15日(火) 涅槃会

 念仏行道会に参加された方々が帰られた後、入れ違いに永観堂幼稚園の園児たちが本坊の鶴寿台に来てくれました。床の間にかけてあ る大涅槃図にお参りするためです。

 気持ちをやわらげるために、歌をうたって手遊びをしました。そして、お釈迦様のお話をいたしました。年少組の園児たちも、一年過ぎるとえらいもので、 ちゃんと聞く態度ができてきます。

すなおに手を合わせるこどもたち。永観堂幼稚園の情操教育は行き届いている、と強く感じました。
涅槃会
涅槃会
   2011年(平成23年)

◆2月14~15日 みかえり念仏行道会

 禅林寺第7世を永観律師といいます。

東大寺の別当(今でいえば管長職)を勤めた人ですが、朝廷の命により禅林寺に住職として赴任するとき、それまで奉持していた阿弥陀仏像を伴い、境内に堂を 建てて禅林寺の本尊とします。

 念仏信仰の厚かった律師は一日一万辺、三万辺、ついには六万辺の念仏を修行します。

永保二年(1082)2月15日の明け方、前夜から夜を徹して念仏行道していると、いつの間にか須弥檀を降りた阿弥陀仏が、律師を先導するように念仏行道 しておられるのに気付きます。

驚いてたたずんでいると、仏が左を振り返り「永観、遅し」と声をかけられた。

そのお姿が余りに尊いゆえに、「そのお姿を末代までお止め下さい」と願いあげ、以来、この本尊は左を見返るお姿を止めておられる、という縁起があります。

 永観律師の尊い念仏信仰を、少しでも追体験するために「みかえり念仏行道会」が行われるようになりました。

 今年14日夕刻6時に集合されたのは、在家檀信徒70名、僧侶30名、合計約100名。説明と注意事項を聞き、7時30分より阿弥陀堂で開式のお勤め。 8時30分から管長の講話。

15日は釈尊の涅槃会でもあるので「おしゃかさま」の紙芝居を見てもらいました。その後、「花信風」の話
と柴田トヨさんの詩を紹介して講話を終えました。

10時30分就寝。15日午前4時起床。100人が一列になり念仏を唱えつつ阿弥陀堂に上ります。そして約3時間。

法要を勤めたあと、阿弥陀仏の教えがインド、中国から日本へと伝えられた祖師の名を唱えて礼拝し、念仏しながら本尊の周囲を行道することを繰り返し、7時 30分無事に終了しました。

雪の残る寒さのなかで、無事成し遂げた達成感にどの顔も晴れやかに輝いていました。朝粥をいただき、4月の御遠忌に又会うことを約束して、解散したので す。

それにしても、100人の僧俗の唱える念仏は堂内に響き、ローソクの明かりに照らされた本尊みかえり阿弥陀如来のお相好は、まぶしいほどの慈愛にみちてお られました。
阿弥陀堂での法要阿 弥陀堂での法要
声を揃え念仏を唱和声 を揃え念仏を唱和
講話の前に紙芝居講 話の前に紙芝居
鶴寿台での参加者鶴 寿台での参加者
   2011年(平成23年)

◆2月14日(月) またしても、雪

 太宰治の小説「津軽」に、津軽には七つの雪が降る、と書かれています。
「こな雪、つぶ雪、わた雪、みづ雪、かた雪、ざらめ雪、氷雪」

さて、2月14日頃に降る雪を何と言うのでしょう。
正解は「涅槃雪」。2月15日は釈尊がなくなられた「涅槃会」です。

 「泣いて生まれ泣かれて逝くや涅槃雪」
以前、朝日新聞の「折々の歌」で知った句です。
 
人間はみな泣きながら生まれ、最後は周囲の人に惜しまれ泣かれて浄土へ逝くのです。

最近は無縁社会といわれ、誰に看取られることもなく、泣かれることもなく孤独に死んでいく人が多いのは、実に悲しむべきことですね。
釈迦堂の前庭の雪景色釈 迦堂の前庭の雪景色
多宝塔に降る雪多 宝塔に降る雪
   2011年(平成23年)

◆2月12日(土) お経と法話の会

 一年中で一番寒い時期にもかかわらず、この夜も50人ほどの方々が出席して下さいました。最近は小中学校時代の同級生も数名参加 してくれ、一緒にお経を読み、熱心に聴講してくれています。

 法然上人の法語と柴田トヨさんの詩を紹介しました。その中の「秘密」という詩。

「私ね 死にたいって/ 思ったことが/ 何度もあったの/ でも
 詩を作り始めて/ 多くの人に励まされ/ 今はもう 泣き言は言わない
 九十八歳でも/ 恋はするのよ/ 夢だってみるの / 雲にだって乗りたいわ」

八十歳の最後まで、お念仏の宣布に情熱を注がれた法然上人。
百に手が届く齢になっても恋をし、夢を追いかけるトヨさん。輝く人生です。
寒くてもホール一杯の人寒 くてもホール一杯の人
自坊に戻れば自然に笑顔自 坊に戻れば自然に笑顔
   2011年(平成23年)

◆2月11日(金) 書店へ

 時々のぞいていた今出川の書店が、どういう訳か去年の暮れに閉店し、淋しく思っていたのですが、久しぶりに京都駅前のヨドバシカ メラのビルに行きました。この6階に大きな書店が入っているのです。

 このビルは私が学生の頃、丸物というデパートでした。学校帰りにパーラーに友人と立ち寄ったり、講義をさぼって映画(石原裕次郎の全盛期でした)を見に きたものでした。

数冊の新刊書を買い求めましたが、なかでもお目当ては、柴田トヨさんの詩集「くじけないで」。

去年の秋、新聞のコラムに紹介されたのを読んで、気にかかっていたのです。あこがれの恋人にやっとめぐり合ったような気分です。

トヨさんは今年99歳。90歳になってから詩を書き始めたといいます。やさしく語りかけるような詩は、どれも思いやりに充ちて、読むものに勇気を与えてく れます。

「貯金」という詩を紹介しましょう。

「ねえ 人から/ やさしさを貰ったら/ 心に貯金をしておくの
 さびしくなった時は/ それを引き出して/ 元気になる
 あなたも 今から/ 積んでおきなさい/ 年金より/ いいわよ」

本の最後にトヨさんの、こんなメッセージがありました。

「どんなにひとりぼっちでさびしくても考えるようにしています。『人生、いつだってこれから。だれにも朝はかならずやってくる』って。一人暮らし二十年。 私しっかり生きてます。
「くじけないで」
   2011年(平成23年)

◆2月10日(金) 大阪 高島屋へ

 日本画家の小泉淳作さんが東大寺の本坊に奉納された襖絵が、大阪の高島屋で公開されていると聞いて、難波まででかけました。

 東大寺さんの本坊には思い出があります。

一昨年の11月、遷都1300年を記念して全日本仏教青年会(略称・全日仏青)が、宗派をこえて1000人の若い僧侶が集まり東大寺大仏殿において「千僧 供養」という大きな規模の法要を企画したのです。

その時、私も参加させてもらい、案内されたのが本坊でした。
そこにこの度小泉淳作さんの絵が納まるのです。

 40面の襖には桜と蓮が圧倒的な迫力で描かれていました。80歳の画家が5年がかりで制作したのも驚きです。桜は又兵衛桜と吉野の桜。

花びらが一枚一枚丁寧に書かれて画面を埋めています。聖武天皇と光明皇后の肖像画もあり、これは上段の間の床に掛けられるようです。

孤高の画家が描いた畢生の大作に、大変感動しました。
小泉淳作展
小泉淳作展
   2011年(平成23年)

◆2月6日(日) 京都国立博物館へ

 古代中国の筆墨を集めた「筆墨精神」と題する展覧会を三十三間堂前の京都国立博物館(略称・京博)へ見にいきました。

朝日新聞の創業者の一人である上野理一氏のコレクションが京博に寄贈され、この中の中国古代の書や絵を主として展示してありました。

三国志のうちの呉志(重文)や、王義之、顔真卿などの書の拓本など見ごたえがありました。私にとって興味深かったのは、昭和初期の篆刻家・岡田湖城氏の作 品の展示でした。

橋本関雪や横山大観などの画家や書家の刻印を数多く制作しており、篆刻というもののすぐれた芸術性に惹かれるものがありました。
会場の京都国立博物館会 場の京都国立博物館
館の前庭にロダンの考える人があり館 の前庭にロダンの考える人があり
   2011年(平成23年)

◆2月2日(水) 大阪へ出講

 大阪の本町橋のシティプラザ大阪(ホテル)で「一水会」主催の講演にでかけました。

薬品メーカーの営業責任者の方々の研修と親睦を兼ねた会で、メンバーの会社はすべて一部上場の有名製薬会社ばかりです。

会の名前が気に入って、水の都大阪の、しかも水と薬は縁が深いので、哲学的な意味があるのだろうと思っていたら、毎月第一水曜に集まるので「一水会」とい うのだそうで、深い意味はないとのこと。

でも、せっかく「一水会」という名の会に招かれたので、黒田如水と「水五則」についてお話しました。
水に学ぶ人生とは?水 に学ぶ人生とは?
50名ほどのメンバーに講演50 名ほどのメンバーに講演
   2011年(平成23年)

◆2月1日(火) 岡崎神社と兎

 永観堂から徒歩10分ほどのところに岡崎神社があります。近くには本願寺の岡崎別院や黒谷の金戒光明寺、真如堂などがあります。

 今年の元日から岡崎神社に参拝する人がやけに多いので、聞いてみると、今年の干支である兎に縁の深いお宮であるとのこと。

そこで、朝のウォーキングのコースを変えて、岡崎神社へ行って、いや、お参りしてきました。さすがに二月初日の朝7時では、参拝者の姿はみえませんでし た。

案内板によれば、桓武天皇が平安京を造立するとき、都の守りの一つとして建てた神社であるとか。祭神はスサノオノミコトと櫛稲田姫で、播磨の広峰から迎え たと書いてありました。

姫路と縁の深いお宮だったのです。この氏神のお使いが兎であるので、狛犬の代わりに狛兎があり、手水屋形の中には黒御影の「子授け兎」が人気なのだそうで す。
岡崎神社の境内岡 崎神社の境内
狛犬ではなく狛ウサギ狛 犬ではなく狛ウサギ
社殿前に招きウサギ社 殿前に招きウサギ
手水屋形の黒ウサギ手 水屋形の黒ウサギ
   2011年(平成23年)

◆1月24日(月) 法然上人追慕の念仏行脚に参加

太秦を出発。前から3番目太 秦を出発。前から3番目

 法然上人の祥月命日の前夜にあたる1月24日夜。念仏門下の青年僧による法然上人嘉禄の法難追慕の念仏行脚」に、永観堂管長として初めて参加しました。

 嘉禄の法難というのは、上人入滅されてから15年後、東山大谷にあった上人の墳墓を叡山の衆徒が暴き、ご遺骸を鴨川に流そうと計画した事件です。

これを察知した門弟たちが、ご遺体を太秦に運び、また発見されるのを恐れて深夜ひそかに太秦から粟生の里へ移送して、荼毘に付したのです。

生前、何度も迫害に会い、四国に流罪となられた上、死後も15年経て法難にあわれた。こんな宗祖は法然上人だけでしょう。それほど上人の宗教改革は影響が 大きかったのです。

 当夜、浄土宗西山三派、知恩院派、時宗の念仏宗門の青年僧が300人余、太秦の西光寺に集合しました。今年は法然上人800回大遠忌の年でもあるので、 いつもより100人ほど参加者が多かったようです。

 太秦から粟生の光明寺まで16kmの距離を、当時の迫害を偲びながら念仏をとなえて、ひたすら歩くのです。5時30分に出発した長い行列は、途中、嵐 山、井戸の来迎寺、井戸の来迎寺で小休憩。

長岡京市の西山浄土宗総本山光明寺に到着したのは10時を過ぎていました。上人を荼毘に付した火葬跡の周囲を念仏行道したあと、岩田文宥法主を導師に法要 が厳修されました。

法主室に招かれ、お茶をいただき岩田法主としばし歓談し、永観堂に戻ったのは深夜11時半でした。若い僧たちと歩き通した貴重な体験を大切に、新たな気持 ちで大遠忌を迎えることができそうです。
途中で布施を受ける途 中で布施を受ける
井戸来迎寺で法要。この境内に300人が待機井戸来迎寺で法要。この境内に300人が待機
荼毘跡で法要荼 毘跡で法要
岩田法主にご挨拶岩 田法主にご挨拶
   2011年(平成23年)

◆1月21~23日 特別伝道隊 愛知へ

 1月23日(日) 浄久寺(三好町)・宝樹院(豊田市)

 お待ち受け法要の三日目。天気は晴れ。体調は良好。いよいよ最終日。昨日・今日の4か寺は比較的に近距離にあります。移動に疲れ ることはありません。

 浄久寺の住職・加藤俊直師もまた私の古くからの親しい知人です。

若い頃は布教講究所の常連で、法話の勉強に熱心に取り組んでおられました。その熱意は今も健在で、この三月四日から三日間「五重相伝」を開筵されます。

山門から本堂まで境内の堂宇は一新され、大遠忌記念の五重会の準備も万端進んでいるようです。伝燈師として再び来山するのが楽しみです。

 午後の会所・宝樹院の松原圭副師は現在、宗会議員をしておられます。また宗学の研鑽にも熱心で、昨年から本山の宗学研究所に籍を置き、宗乗の勉学に励ん でおられます。

法嗣の圭健師は、布教講究所において法話の研鑽に熱意を示しています。

 三日間、私の巡錫した五か寺はいずれも早くから法要の受け入れに準備を整え、寺族・檀家合わせて今日の日を待ち望んでおられたようです。

本堂一杯の参詣者があり、法話にも法要にも真剣に聴聞される姿が印象的でした。

 遠忌前の最後の「お待ち受け法要」は、大きな成果を残して無事終わりました。
この法悦がそのまま四月の大遠忌に繋がることを、切に願うばかりです。
浄久寺山門と鐘楼浄 久寺山門と鐘楼
浄久寺での法要浄 久寺での法要
宝樹院本堂宝樹 院本堂
宝樹院本堂前で記念写真宝 樹院本堂前で記念写真
   2011年(平成23年)

◆1月21~23日 特別伝道隊 愛知へ

 1月22日(土) 円盛寺(東郷町)・医王寺(三好町)

 名鉄トヨタホテルに泊めていただいて、午前9時に東郷町の円盛寺さんに到着。

現住職石川悠雄師の祖父・石川賢雄上人は、私が20代の頃に本山の布教講究所の所長をしておられ、法話の指導を受けた思い出があります。

また、悠雄師の父・昭雄師は精神科の医師であったが、不幸にも若くして亡くなられた。私が宗学院の講師をしていた時の生徒であり、熱心な質問を受けた思い 出があります。

現在、悠雄師は住職のかたわら弁護士として活躍しておられる青年僧です。

 午後は三好町の医王寺さん。山号を瑠璃光山といいます。お薬師さんと縁の深いお寺だな、と思っていたら案の定、本堂の横に立派な薬師堂があり、開創時は 薬師如来が本尊であった由。

ただ、絶対秘仏になっていて、野口智明住職もまだ拝んだことがないそうです。法要の後、鍵のかかったお厨子にお参りいたしました。

 この夜、ホテルの一室で五か寺のご住職に夕食のもてなしを受け、本山から出向した19名のメンバーと和やかな懇親会となりました。
円盛寺本堂前で住職・役員さんと円 盛寺本堂前で住職・役員さんと
改築された円盛寺山門改 築された円盛寺山門
医王寺本堂医王 寺本堂
一枚起請文拝読の野口住職一 枚起請文拝読の野口住職
   2011年(平成23年)

◆1月21~23日 特別伝道隊 愛知へ

 1月21日(金) 津島市 宝泉寺

 昨年10月の山口に続いて、今回は愛知県五か寺を巡錫することとなりました。

法然上人の八百回大遠忌を迎えるにあたり、本山から地方の寺院に赴いて「お待ち受け法要」を勤めるという企画は、四年間で70か寺を越えました。

今回の愛知県6か寺での法要が遠忌前の最終の巡錫となります。

 その内、東郷町の祐福寺は檀林という本山に次ぐ高い寺格を持ち、昨年秋に鬼頭誠英上人が晋山されたばかり。当然、新檀林住職が導師をされます。

 五か寺巡錫の最初は、津島の宝泉寺さん。私には格別ご縁の深い寺で、今までに五重、授戒で三度の法縁を結ばせてもらいました。二年前の五重会では伝燈師 という大役を務めました。

住職の伊藤信道師は宗学院の講師仲間であり深い付き合いがあります。昨年12月初めにご次男をなくされ、昨日が満中陰。悲しみの涙が乾かない中での「お待 ち受け法要」でした。

宗祖のご回向のあと、智空恭道法子の満中陰の回向をいたしました。
法要の後の法話法 要の後の法話
宝泉寺と伊藤信道住職宝 泉寺と伊藤信道住職
   2011年(平成23年)

◆1月17~18日 布教講究所の開講

 1月の布教講究所の初日は「お言葉説明会」とも呼ばれます。

元日付けで発表した管長の年頭教書について、その意図するところ、その中に込めた思いを布教師の皆さんや檀信徒の方々に伝える機会でもあるのです。

 法然上人の八百回大遠忌法要の日まで、100日を切った今、宗門の意志をこの日に集中させて迎えるためにも、大事な説明会でした。

17日夕方の勤行で、参加された僧侶の皆さんとともに、阪神淡路大震災の犠牲者6434人の17回忌の回向をいたしました。仏教では「代受苦者」といいま す。

本来、私が受けたかもしれぬ苦を「代わって受けてくださった人」なのです。
布教講究所の受講者布 教講究所の受講者
年頭所感の説明をする年 頭所感の説明をする
   2011年(平成23年)

◆1月17日(月) 再 び雪に覆われた永観堂

 昨日来の雪は、明け方に止み、元日に続いて再び永観堂は雪におおわれました。

朝日を受けて多宝塔も御影堂の大屋根も白銀に輝いて、つかの間の浄土を現出していました。

春よ来い、と祈るお地蔵さん春 よ来い、と祈るお地蔵さん
白と黒、墨絵の世界白 と黒、墨絵の世界
   2011年(平成23年)

◆1月16日(日) 姫路からのお客様

 久しぶりに郷里の姫路からのお客を迎えました。市内天満に会社のある西嶋工務店の西嶋社長をはじめ、関連会社の社長15名が雪の なかをバスで本山へ来られました。

永観堂のみかえり阿弥陀様の縁起をお話し、阿弥陀堂にお参りしていただきました。

西嶋さんは先代社長の時代から、大覚寺の工事を担当され、一昨年竣工した会館も請け負ってもらいました。わが地元からの来客は嬉しいものですね。
西嶋社長とも久しぶりの歓談西 嶋社長とも久しぶりの歓談
永観堂の縁起を説明永 観堂の縁起を説明
   2011年(平成23年)

◆1月15日(土) 大般若転読会

第1巻を導師が転読第 1巻を導師が転読

 毎年この日、永観堂では六阿弥陀功徳日を兼ねて「大般若転読会」が行われます。

仏教経典の中でも、般若経は600巻あり、最も長い経典です。簡単にいえば「空」を説いたお経です。この教えを262文字に集約されたものが「般若心経」 です。

奈良・薬師寺の管長であり寺を写経で復興された高田好胤師は、空の思想を「かたよらない心、こだわらない心、とらわれない心。ひろく、ひろく、もっとひろ く。これが般若心経、空のこころなり」とわかりやすく説明されました。

 この大般若経600巻を12人のお坊さんが、一人50巻ずつ読み上げるのは大変な時間を要します。それでお経の題名だけを読み上げて、経本を両手で滝の ようにハラハラと流し落とすのです。

これを転読といいます。12人が一斉におこないますから、その賑やかさと迫力は大変なものです。管長として初めての経験でした。
12人が一斉に転読12 人が一斉に転読
終わって参詣者に法話終 わって参詣者に法話
   2011年(平成23年)

◆1月11日(火) 幼稚園で童話

 永観堂幼稚園は、今日が三学期の始業式です。冬休みを楽しく過ごしたらしい表情の
園児たち。寒くても元気です。

 今日の童話は、パネルシアターで「かさじぞう」。子どもたちの知っている話です。そして私の最も好きな民話でもあります。

約30分の話を眼を輝かせて聞き入る園児たち。みんな、いい顔してる。
童心浄土です。童心あれば、この世が浄土だと思えるのです。
ネルの布に絵を貼りながら話すネ ルの布に絵を貼りながら話す
話し手と聞き手が一体となる話 し手と聞き手が一体となる
   2011年(平成23年)

◆1月9日(日) 役員総会

 大覚寺の年頭の評議員会は、1時からの会計監査に続いて、3時から行われました。
まず全員が本堂にお参りし、赤本の勤行式を全員で拝読します。

続いて会館において会議。主な議題は、22年度の決算報告と四月の大遠忌参拝について。清水会計担当が綿密な報告書を作成、議事はスムーズに進行し、すべ ての議案が承認されました。
会館での評議員会会 館での 評議員会
住職と総代・副総代・会計の三役住 職と総代・副総代・会計の三役
   2011年(平成23年)

◆1月8日(土) お経と法話の会

 法話の会のため京都駅の下り新幹線ホームにいると、黄色い車体の新幹線が入ってきました。点検作業用の黄色い車両があるとは聞い ていたのですが、見るのは初めてです。

幸せの黄色い新幹線。こいつは春から縁起がいいわい!

 さて、今年最初の法話の会。厳しい寒さの中を50名を越す参加者があり、熱心に聴いて下さる。法然上人のたくさんのお弟子の中でも指折りのアウトサイ ダー・阿波介の話をしました。

都の闇のなかで蠢いていた悪党でしたが、法然上人の化導を受けて弟子となり念仏の信心に救われた男です。

数多い宗祖の中でも、法然上人ほど種々雑多な階層・職業・身分の人々に慕われ尊信された宗祖はいないでしょう。

であるからこそ、歴代の天皇から円光・東漸・慧成・弘覚・慈教・明照という大師号を下賜されたのです。50年前は、昭和天皇から「和順」という大師号を賜 りました。

さて、800年の今年、新たな大師号は?
幸せの黄色い新幹線幸 せの 黄色い新幹線
年頭の法話年頭 の法話
   2011年(平成23年)

◆1月6日(木) 幼稚園ホーム・コンサート

 朝。永観堂幼稚園の豊田園長はじめ教職員全員、白雲居へ新年の挨拶に来られる。
20名のうち男性は3人だけ。お正月らしく和服の先生も数名おられて、白雲居はたちまち華やかになりました。

 「今夜、幼稚園で内輪だけのコンサートを開きます。ぜひ、おいでください」という、うれしい案内をいただいて、夜6時半、随身の高橋君をお供に、幼稚園 にでかけたのです。

会場は園の仏間兼ホール。昨年秋、開園80周年記念にグランドピアノを新調したので、そのお披露目も兼ねて、内輪だけのコンサート。

ゲストは私の他に藤賀前園長、園舎の設計責任者、80周年の式典で祝歌を歌ってくださった声楽家の香川周子さんと、お友達の弁護士さん。

 青山職員の二人のお子さんのピアノ演奏にはじまって、上田・森田両先生の安田姉妹風デュエット。そして先生方が相次いでピアノや歌を披露される。

さすが永観堂幼稚園の先生です。腕前はセミプロ級。聞かせます、笑わせます、盛り上げます。
 まことに、実に、本当に楽しいホームコンサート。ありがとう!
ピアノを囲んでホームコンサートピ アノを囲んでホームコンサート
上田・森田デュオのダバダバダ上 田・森田デュオのダバダバダ
   2011年(平成23年)

◆1月5日(水) 御用始め

 昨年2月に永観堂に赴任して以来、法話の会などで網干に帰ることはたびたびありましたが、3泊4日という日数で帰省したのは、今 回が初めてです。

おかげで、ゆっくり休むことができました。感謝!

 さて、本山もいよいよ今日から仕事始め。久我宗務総長はじめ各部長、職員20名そろって御用始めの挨拶に来られる。

大遠忌の始まる4月25日まで、あと110日。気分をニュートラルからロウにいれ、アクセルを踏み込んで、さあ、始動です。
   2011年(平成23年)

◆1月2日(日) 網干での正月

二日朝の大覚寺境内二 日朝の大覚寺境内

 1日午後、京都から網干へ帰省しました。久しぶりに大覚寺の本堂で日没の勤行をして、夕食は私の希望でお雑煮と中西家のお節を家 内と水入らずでいただきました。

 二日は中西家恒例の神戸での新年会。午後、神戸空港近くにある「花鳥園」へ。

ペンギンやフクロウ、オオハシなど、熱帯の鳥にたわむれ、ベゴニアなどの花のむせ返るような香りに包まれて、次女の家族とともに心豊かな時間を過ごしまし た。

6時に三女の家族とポートピアホテルで落ち合い、地下の大広間でのバイキング料理を楽しみました。3人の孫に囲まれて至福のひと時でした。
神戸花鳥園で神 戸花鳥園で
ポートピアホテルで3人の孫とポー トピアホテルで3人の孫と
   2011年(平成23年)

◆1月1日(土) 平安神宮へ初詣

 勤行を終えて、年末に頂いた三つ重ねの重箱にはいったお節料理を、随身の高橋君と二人でいただきました。お屠蘇とお雑煮がないの が少しさびしいのですが、豪華なお節に正月気分を味わいました。

 本山の元日は、拝観の人以外はほとんど訪れる人もなく、まことに静かな正月です。

雪道を踏みしめて、歩いて平安神宮へ初詣に行きました。早朝7時半とはいえ、雪の影響でしょう、境内の参拝者は拍子抜けするほど、まばらです。

平安京を創立した桓武天皇を祭神とする社殿で、静かに一年の平安を祈りました。
平安神宮の本殿平 安神宮の本殿
応天門も人影まばら応 天門も人影まばら
   2011年(平成23年)

◆1月1日(土) 平成23年元旦り

 雪の大晦日が明けて、平成23年の元旦はカラリと晴れた朝で始まりました。
新しい年の初めにあたり、このブログを見て下さる皆様のご健勝をお祈りします。

「去年今年(こぞことし)貫く棒のようなもの」という句があります。確かにそうではあるけれど、時の流れを暦でくぎって「大晦日」から「元日」へというけ じめをつけてくれた祖先の英知を、素晴らしいと思います。

 今年はわが宗門にとっても「法然上人八百回大遠忌」を迎える、特別に重要な年です。朝6時、冷え込みの厳しい本堂で、いよいよ遠忌を迎える覚悟を新た に、気を引き締めて尋朝の勤行をいたしました。
雪に覆われた勅旨門雪 に覆われた勅旨門
境内は一面雪景色境 内は一面雪景色