大覚寺のご紹介

人生を健やかに生きていくための説法を
毎月、御紹介していきたいと思います。

2012年(平成24年)5月のミニミニ法話・お説教

2012年(平成24年)5月

玄禮和尚のお説法

2012年(平成24年)5月

~ 第050回 「母心大悲」 ~

 五月の第二日曜を「母の日」と決めたのはアメリカです。

1910年、アンナ・ジャービスという女性が母の死を悲しんで、亡き母の好きだったカーネーションを捧げたのが始まりだといわれています。

 母の日がくると思い出すのは、サトウハチローさんの「おかあさん」という詩集です。

落第3回、転校8回、勘当17回という暴れん坊の少年時代と放蕩の青春を送ったハチローを、優しく見守ってくれた母への追憶の詩集です。その中にこんな詩があります。

  一番苦手なのは おふくろの涙です
  なにもいわずに こっちを見ている涙です
  その涙に灯りが ゆれたりしていると
  そして灯りが だんだんふくらんでくると
  これが一番苦手です

母の涙。それは美しくも悲しく、どんな言葉にも勝るもの。それがハチロー少年を立ち直らせたのですね。

 かつてテレビで「0歳からのメッセージ」というのを見ました。生後6ヶ月の赤ちゃんについて、母親と一緒にいる時と離れている時との体温の変化を測っているのです。

母親が去って一人にされると、赤ちゃんの体温がどんどん下がります。そんな時の不安で悲しそうな赤ん坊の表情。母親が戻ってくると、また体温は上昇します。

母親が離れただけで皮膚の温度が冷えるほど不安となる赤ちゃんの反応こそ、育児の重要さを訴えているのです。

 「世に母性(はは)あるは幸いなり。世に父性(ちち)あるもまた幸いなり」

 法句経に説かれた釈尊の言葉です。釈尊は生後7日目に生母マーヤ夫人と死別し、その後、母の妹であるマハー・パジャパティが養母となって釈尊を育てられました。

生母と養母。二人の母の愛情に深く感謝されたからこそ、「この世に母がいるくらい幸せなことはない」と述べられているのです。

 母の日制定より100年を経た今、時代とともに生活様式は変わっても、母と子の愛情に変わりがあるはずがないのです。

  十億の人に十億の母あれど わが母にまさる母ありなむや   (暁烏 敏)
 
法話一覧へ